2022.03.30

企業が「データドリブン」を実現できない理由 |デジタルマーケティングとデータの"越境"<第1回>

本連載では、デジタルマーケティング業界の最新動向について、"越境"をテーマに解説します。
昨今はマーケティングを越えた領域でのデータ活用が進んでおり、マーケターが負う業務や役割の境界が曖昧になりつつあります。顧客データを軸に、組織の枠組みや自らの役割を"越境"した戦略を立てるべき時代に入っているのです。
本質的な企業改革を迫られるこの変化に対応せねばならない企業やマーケターが、いま向き合うべき課題とは何なのでしょうか。第一回は、デジタルマーケティングの潮流の変動を振り返り、いま迎えているフェーズについて解説しつつ、そこから生じる課題について考察します。

インターネット広告費がマス媒体に匹敵するまで ── デジタルマーケティングの変容

まず、現在の課題をより深く理解するために、これまでデジタルマーケティングを取り巻く状況がどのように変化してきたかを振り返ります。

インターネット広告の浸透からアドテクノロジーの誕生まで

デジタルマーケティングの必要性が生まれたのは1990年代前半、現在のインターネットの仕組みが一般ユーザーに認知され始めた頃にさかのぼります。「Yahoo! Japan」などのITサービスが生まれ、バナー掲載が始まったことで、企業はインターネット上に広告を出すことを検討するようになりました。

そこに新たなインターネット広告の在り方を加えたのが検索エンジン「Google」です。2000年代は「テキスト検索で優位性を保つことこそ商品認知の手段」という認識が定着し、SEO対策などの技術が体系化されるようになってきました。また、行動ターゲティングが広まり、自社商品に関心の高いユーザーを選別するためのツールや、それを活かした広告手法が育っていきました。

加えて、ユーザー自身が発信するブログサービスやSNSが浸透していったのもこの頃です。双方向コミュニケーションが活発化し、口コミによる認知拡大をバイラルマーケティングと称するようになりました。そしてスマートフォンなどのデバイス進化も相まって、インターネット人口が急増しました。

この頃にはすでにユーザーデータ取得と分析、それに基づく施策の実行がマーケティングの要であるという認識が定着しており、マーケターにはデジタル分野における一定のスキルが求められたと考えられます。しかし一方で、広告配信の最適化や自動化を実現するツールが誕生したことが、マーケターが苦心惨憺するタイミングを後回しにしてくれました。

このようなアドテクノロジーと呼ばれる広告配信ソリューション群は、マーケターが負ったタスクの軽減に貢献する一方、データ運用のために握っておくべきだった手綱を外部に明け渡す流れを加速させたとも言えます。

手法の多様化と効率化、企業間の認識にも差異が

2010年代以降、テキスト検索に紐付く広告手法に加え、プラットフォームを介した動画や音声といった表現によるデジタル広告が増えました。さらに、SNS上で突出したフォロワー数を獲得したユーザーを指す「インフルエンサー」にも注目が集まるようになり、波及効果を高めるための選択肢は一層豊かになりました。また、デバイスを通じた位置情報データなどが広告に活用されるようになったことで、データから一人ひとりの生活が細かな粒度で想像できるまでにテクノロジーが進化しました。

加えて広告掲載プロセスの自動化がいっそう進み、広告運用のブラックボックス化や形骸化などが指摘されはじめたのもこの頃です。自動配信の結果、不適切なメディアに広告が掲載されることによる企業のブランド毀損についても議論が始まりました。そこからブランドセーフティという概念が広まり、大手企業を筆頭にインターネット広告へのリスク対策の事例が増えました。

おそらくこの頃から、デジタルマーケティングのリテラシーのようなものに企業間で差異が生じてきたと感じます。短期的な数字と効率を重視し、狭義における広告戦略を回す企業と、デジタル広告と企業ブランディングの結びつきを認識し、長期的かつ企業全体に通じるゴールを設定してデータを活用し始めた企業。両社では、おそらくマーケターの役割やデジタルマーケティングへの認識が異なるのでしょう。

コロナ禍がもたらした大きな変化

そして2020年、コロナ禍が世界を襲います。ECサイトやオンラインイベントへの需要が高まり、顧客接点がデジタル上に集中したこともあり、企業活動は幅広い領域で急速にデジタルに移行しました。
この環境下でデジタルマーケティングに携わる担当者が今までと変わらず「データ活用」という柱を維持することは、実は容易なことではありません。単純にデジタル上の顧客接点や取得可能なデータが増えるのはもちろん、事業に占めるデジタルマーケティングの価値が以前に増して格段に重くなっているからです。「コロナ禍で絶たれた実店舗やイベントを全てデジタルに代替してカバーしよう」と奮起する企業も少なくありませんが、そのための実働をマーケターに課すのは、あまり現実的ではありません。

それとは別の視点もあります。2010年代後半から浸透しつつあった個人情報保護に対する世界的な意識変化は、従来のデジタルマーケティングの常識を覆すものとなりました。これまで多くの企業が依存してきたアドテクノロジーの利便性も、今後頼れるかどうかわかりません。

この現状をマーケターにフォーカスして整理すると、「コロナ禍でデジタルマーケティングへの需要が急速に高まる一方、そこではこれまでの常識に頼ることができなくなった」という極めて困難な状況を迎えているということです。
これからのマーケターは、新たなマーケティングの常識を模索しながら、膨大なデータを企業成長に結びつけるための立て付けを進めなければなりません。いわば攻守を一手に引き受けるような立場です。

企業の視点で見た場合は、「デジタルマーケティングが経営に多大な影響を及ぼすことを、いよいよすべての企業が正しく理解せざるを得ない時代がやってきた」と言えるでしょう。
短期的な売り上げのためではなく、中長期的な企業成長をもたらす原動力としてのデジタル広告戦略やデータ活用が必要になったのです。およそ10年前から対策を進めてきた企業の取り組みを見習いつつ、この混乱の渦中で生き残りを賭けた改革を進めなければなりません。

したがって、2020年代のデジタルマーケティングは、いわばリコンストラクションの時代を迎えています。そして、そのキーワードになるのが"越境"だと考えているのです。

いまマーケターに求められる役割と課題

これまでの歴史を振り返ったうえで、現在のデジタルマーケティングに関わるマーケターに求められている一般的な業務内容を、改めて整理してみます。

  • あらゆるチャネルを通じて取得したデジタルデータを分析し、施策を検討すること
  • データ取得可能な他部署と連携し、包括的な企業利益を鑑みた施策を検討すること
  • 多様化するツールやAI技術を最適な形で活用し、施策に役立てること
  • 扱うデータに関わる法整備の変化を国際的な視野でキャッチアップすること
  • 顧客視点に立ったマーケティングトレンドをキャッチアップすること
  • データ取得に必要なオンライン上の顧客接点に対する理解を深めること
  • 上記をもとにデジタル広告に関わるブランド損失のリスク対策にも気を回すこと

もちろん、ここで挙げた項目はいずれもマーケターだけで向き合うべきものではありません。一方で、これらの業務を暗黙の了解としてマーケターに任せている企業も多く、多方面での課題を眼前に途方に暮れるマーケターが増えているというのも事実です。

あらためて箇条書きを読み返すと、マーケターが担う領域の広さと、デジタル人材として求められているレベルの高さに気付くでしょう。

ところで、読者の皆さんのなかで、コロナ禍を契機にデジタルマーケティングに挑戦しようとしている方がいるとしたら、「そのような問題を解決するためにツールがたくさんあるのではないか」と思うかもしれません。
確かに、データマネジメントのためのソリューションは多岐にわたって開発が進んでいます。適材適所で利用していけば、自社データを最大限活用することが可能でしょう。しかし、この「適材適所」を判断するのが難しいのです。

この判断をしてくれる、マーケティングコンサルタントをはじめとしたプロフェッショナルも存在します。しかし、コンサルタントの力を最大限に活かすためにも、自社データが今どういう状態なのか、そして何を目指しているのかをマーケティング担当者が言語化する必要があるのです。ポイントをうまく引き出すのもまたコンサルタントの仕事の一つなのかもしれませんが、これは本来マーケティング担当者の役割です。「そこも含めてすべて考えてくれるのがプロ」と誤解するマーケティング担当者は少なくありません。

課題を整理してみましょう。プロセスの最適化のためには、まずそのプロセスを理解し、下の項目のような現状を把握することが大切です。この第一歩については、企業の担当者以外の何者も替わることはできません。さらに言えば、それこそが今後のマーケターの役割とも言えるかもしれません。(※データサイエンティストなどの肩書で、データ分析と管理に特化した人材がすでにいる場合を除外する)

  • 企業全体でどのような顧客データをどこで管理しているのか
  • そのデータの分析や活用はどれほどの粒度で実現しているのか
  • データ分析にどんな外部ツールや外部企業を用いているのか

わかって当たり前の問いだと思うかもしれませんが、すべてを正確に把握しているか自信がない方も多いのではないでしょうか。従来のマーケティング領域については把握していても、他部署が扱う領域に至ればわからないという方もいるはずです。本来、透明でなければならないデータ管理の不透明さこそが、これから企業が向き合うべき課題のコアなのです。

データ活用を前提とし、組織が変わるべき時代

「マーケティングデータ活用実態調査 2022年版」(アンダーワークス調べ)によると、データ活用への取り組みの課題として多くの企業が挙げているのが、デジタル人材の不足です。

先に述べたような視座からデータに向き合い、マーケティングの素地を活かしつつ企業全体の売上向上やコスト削減に寄与できる人材は、現在極めて市場価値が高いと言えるでしょう。一方で、このデジタル人材の不足という課題を生み出しているのは、企業そのものであるという一面も忘れてはなりません。

ストレートに言ってしまえば、優秀なデジタル人材を輩出し得る育成環境や組織を持ち、その人材を活用してビジネスモデルを確立している企業は、日本国内ではまだ少ないのです。多くの企業が、デジタル人材を採用することでデータを取り巻く企業課題を解決したいと考えているようですが、デジタル人材は、そうした課題を社内で解決しようと努めた企業からしか生まれません。しかし、一般的な日本企業の職場環境や組織構成には、デジタル人材を育成するのに適さない傾向がいくつかあります。

まず、役割に基づいて部署とゴールが設定されており、部署を横断した連携が単発のプロジェクトなどに限られる環境は、デジタル人材の動きを鈍らせます。
上司に承認を取らなければ物事を動かせないシステムも同様です。今でこそずいぶんと意識変化がありますが、年功序列の評価制度や転職文化の薄さもデジタル人材が育たない一因かもしれません。企業の暗黙知になりがちな忖度などの慣習は、長年一社に勤務することで心身にしみつきます。
これらが"普通"になってしまった企業では、データに基づくファクトベースのコミュニケーションを取ることが困難です。

企業全体の包括的なデータ活用を実現するためには、企業全体で目指すゴールと、部署を横断できるポジション、そして一連の取り組みが阻害されないカルチャーを企業側が準備する必要があります。そのためには、トップダウンでデータ活用の緊急性を社内に訴求し、カルチャーや取り組みの見直しを進める意向を全社告知することが大切です。

つまり、経営層の理解を礎に企業全体の組織改革を進めていくことで、初めてデジタル人材が活躍する舞台が整います。そのうえでデジタル人材の採用を強化しても良いのですが、準備ができさえすれば、社内から育てることも十分可能です。むしろ社内のマーケターにデジタル人材としての素養を培ってもらったほうが、プロダクトや社内情勢に理解のある心強い存在になるのではないでしょうか。

"越境"をテーマにこれからのデジタルマーケティングを考えよう

デジタルマーケティングは、これまでテクノロジーの進化に伴って役割を変えてきました。昨今はコロナ禍の影響を受け、その領域が一層多様化しています。

この流れへの対策として、企業はデジタル人材の発掘・育成を急いでいますが、データの包括的活用や分析のためには、抜本的な組織改革を前提にそれを行ったほうが、本質的な課題解決につながるでしょう。

こうした観点から、今後本連載では"越境"をテーマとしてデジタルマーケティングのいまを解説します。今回お話したような部署の境を越えることはもちろん、データ活用の従来の概念を飛び越えること、既存ツール活用の壁を越えることなど、さまざまな"越境"に焦点をあてていきます。
次回からは「CDP」、「スクラム型組織」、「ABM」といったテーマを挙げながら、海外企業の取り組みなどを紹介しつつ、越境の具体例を掘り下げていきます。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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