2018.05.09

ドラクエ(冒険)からスト2(バトル)へ│ブルボン小林さんが語る男性マンガの隆盛と変遷 ポイント③

ポイント③ドラクエ(冒険)からスト2(バトル)へ
『AKIRA』後の青年マンガの本格化

『AKIRA』後の90年代の青年マンガで言えるのは、これまでの反動もあって、本格的に、ホンカクホンカクしていったということ。

AKIRA(1)著:大友 克洋

文学よりも売り上げははるかに上で、出版社の屋台骨になっていた上に、表現が深まってきた。少年マンガはまだ格闘とかやってるんだけども、『寄生獣』のように哲学者が激賞する作品もどんどん出てきた。


寄生獣(1)著:岩明 均

昔は、手塚治虫の『火の鳥』や『ブッダ』だけが、哲学的なことを言っているかのようなイメージがあった。実際、僕の子供時代は『はだしのゲン』と『ブッダ』と『火の鳥』だけが学校の図書室に置いていいマンガですよって別格のように扱われていた。

それが、90年代後半にはだんだんと本格ホンカクしたシリアスな表現が増えていって、正直僕は息苦しさも感じてました。

マンガ自体の持つ運動っていうのかな。群れの大きな移動先が定まったらもう動かせないことのように、うねって、表現は高度に、深まっていった。

少年マンガとテレビゲームの影響

青年マンガが本格、本格しているあいだに、少年マンガはバトルがブームになる。マンガが影響を受けたものはいろいろとあるけど、そのひとつがテレビゲーム。一番売れていたので『ドラゴンボール』の例になっちゃうけど、最初、七つの玉を集めると願いがかなうっていう、子供へのワンダーの見せ方は「冒険」だったんだよね。

その頃にちょうど、ファミコンブームがあった。大ヒット作が『スーパーマリオ』と『ドラゴンクエスト』なんだけど、まさに冒険なんですよ。その『ドラクエ』に鳥山明が関わっているというところが、また因果な話というか、当然そうなるっていうか。

『Dr.スランプ』のような話じゃなくて冒険を描くわけで、それはファミコンブームの熱気と呼応している。単純には言えないかもしれないが、少年マンガ全体のムードが冒険になった。

でも、92年に??『ドラクエ』も変わらず人気なんだけど??ゲームの一番人気は『ストリートファイター2』になるんですよ。そのことと『ドラゴンボール』がボカスカ格闘をし始めるっていうのは、すごくシンクロしている。冒険から潮目が変わるというのかな。バトルマンガはもちろん80年代も人気だったけども、テレビゲームと歩調をあわせて、さらにバトルが増えていく。


少年バトルマンガと格闘ゲームブームの影響

そうするとバトルの醍醐味って、インフレに絶対なっていくわけだよね。でも、インフレ合戦はいつしか疲弊していくもので、『ドラゴンボール』もフリーザ編をピークに色あせる。

インフレバトルの終焉

また「ジャンプ」の例えになっちゃうんだけど、潮目が変わったのが『SLAM DUNK』。僕は第1巻で読むのをやめてしまったんですよ。

いかにもアニメで神谷明が声をあてそうな、お調子者で自信があって、でも、女の子にはからっきし弱いっていう、「ジャンプ」の80年代の主人公たちの類型をそのまま当てはめたような桜木花道が出てきたのを見て、ああ、またこのパターンかと。

でも、桜木は出鼻をくじかれるんだよね。もっとすごいやつらがいると、揉まれる話になった。そのあたりから「ジャンプ」のムードも変わる。『SLAM DUNK』で象徴的なのは、最後の激闘が2回戦ということ。

それが、2回戦で強豪との激闘を勝ち抜いて、3回戦でぼろ負けしたっていうモノローグで最終話になる。つまり、勝利を捨てた。『スト2』ブームの92年から4年後。「ジャンプ」600万部突破に貢献した『SLAM DUNK』のラストが、インフレ的な、ただ勝ち続けることの終わりをみせたっていうか。


ブルボン小林さん
1972年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。2000年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。現在は朝日新聞夕刊(関東、九州、北海道)、週刊文春、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。著書に『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』(ちくま文庫)、『増補版ぐっとくる題名』(中公文庫)、『ゲームホニャララ』(エンターブレイン)、『マンガホニャララ』(文春文庫)など。

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