2018.04.13

男性マンガは競い合うことで成長してきた│ブルボン小林さんが語る男性マンガの隆盛と変遷 ポイント①

黎明期からライバル誌と競い合うことでビジネス的にも成長を遂げてきた男性マンガ。その歴史を踏まえた上で、キャラとトレンドの変遷を知ると、時代のニーズや共感度の高いヒーロー像が見えてきます。
「週刊文春」で連載中のマンガ時評『マンガホニャララ』が10周年を迎え、小学館漫画賞の選考委員も務めるブルボン小林さんに、男性マンガを語っていただきました。

ポイント①男性マンガは競い合うことで成長してきた
化粧品業界とマンガ業界の類似点

マンガはかつて、人知れず大儲けできるメディアだったわけですよ。昔のマンガ家はみんな「4畳半でコッペパン食ってた」みたいな印象があるけど、マンガ誌がどんどん創刊するし、マンガ家も出版社も大儲けした。
かつての小学館のビルは「『オバQ』ビル」と言われていたでしょう。『オバケのQ太郎』一作ヒットでビルが建つわけです。
「マンガ」という言葉のイメージだと呑気面をしてみえるけど裏では、すごく儲かったがゆえにマンガ雑誌づくりは各社がしのぎを削っていたし、より大きいパイを獲りに行くみたいな貪欲さがあった。

よくビジネスの世界で化粧品の例えが使われると思うんだけど、まず顔をきれいにすると。顔をきれいにする化粧品がだいたい行き渡ったら、ボディケアだとか髪の毛だとか、部位をどんどん広げて、儲けを獲りに行く。
やがて、考えられる商品は全部つくっちゃったっていう時に、化粧品業界はどうしたかというと、メンズ化粧品を売り出した。そうすればまた顔、体というふうに、倍に市場が広がるから。

各社が児童向け雑誌をマンガ専門誌にして、月刊を週刊にして、少年マンガ少女マンガだけでなく青年マンガ誌を立ち上げていったということは、そういう貪欲さに似てる気がするんだよね。まだ獲りに行くぞと。

手塚治虫に代表される「勝ちに行く」文化

マンガは貪欲なメディアで、かつ、オルタナティブなやり方でライバルの雑誌やマンガ家に対抗していく傾向が強い。手塚治虫がそもそもそういう人だった。

何にでも勝ちに行く人で、自分がそれをやらないっていうことを我慢できないから、やりすぎなんですよ。例えば、『鉄腕アトム』が大ヒットして、後続のマンガ家たちはみんな、『アトム』というすごい作品がある中、どんなマンガを描きゃいいんだと悩むことになった。

そんな中、横山光輝が『鉄人28号』をヒットさせる。彼のインタビューを読むと、ロボットのマンガは『アトム』という金字塔があると。それと普通に戦っても勝てない。

手塚にリスペクトのある言葉だけど、じゃあどうしたらいいかと。『アトム』の真逆をやればいいんだと。だから、ロボットに人格を持たせない。リモコンが奪われたら悪の手先にもなるロボットの争奪戦っていう、ミステリー的なものにしようとなった。発想が『アトム』へのアンチでもあるし、『アトム』には勝てないっていう意味もある。

そうしたらですよ。そこに手塚が「何するものぞ」と『魔人ガロン』の連載を始めて! 巨大ロボットで悪の手先にもなるっていうのは、俺のほうがもっと面白いのが描けるみたいに、明らかにぶつけてくる(笑)。リスペクトされてんのに。

白土三平の『カムイ伝』のように凄絶な、残酷に切って捨てるみたいな時代劇的なマンガが流行ったら、自分はもっとすごいのができるって『どろろ』をやるんだけど、最初からもう、主人公の体が48箇所切断された、みたいな始まりで。
白土三平とかよりも凄絶だぞっていう、設定で勝ちに行っていることがありありと分かるんだよね。全部やるっていう。手塚治虫がやらなかったのは、何かコンプレックスがあったのかわからないけど、スポーツマンガだけだと思う。

黎明期から根強く残るマンガ誌のトーン

マンガ家やマンガ誌がしのぎを削った結果、なぜかは分析できないけども、「1強」にならなかった。「ジャンプ」が600万部だった時だって、「マガジン」や「サンデー」も売れていた。そして、劇的で激しい「マガジン」とクールで乾いた感じの「サンデー」みたいに、マンガ誌のトーンも昔からの系譜が残っている。

『あしたのジョー』や『巨人の星』のように、「マガジン」はエモーショナル。梶原一騎的な熱さ、泥臭さを『はじめの一歩』だってどこかに受け継いでいる。

一方の「サンデー」は『オバQ』的な「異分子が日常にいるけど、異分子によって日常が全く脅かされない」マンガが多い。『うる星やつら』もそうだし、最近の連載だと『だがしかし』もそう。

駄菓子にやたらと詳しい美少女が、平凡な少年のところに毎日やって来てはドタバタすると。でも、その平凡な少年の日常のほうがすごいトーンが強くて、全く脅かされない。『オバQ』と変わってないでしょう。

そのぐらい黎明期から強く、マンガのトーンみたいなものが住み分けられたっていうか、変わらずにあるんですよ。

拡大を続けた少年・青年マンガ雑誌
図表:編集部制作/参考文献:吉村和真編『マンガの教科書』(臨川書店)

ブルボン小林さん
1972年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。2000年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。現在は朝日新聞夕刊(関東、九州、北海道)、週刊文春、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。著書に『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』(ちくま文庫)、『増補版ぐっとくる題名』(中公文庫)、『ゲームホニャララ』(エンターブレイン)、『マンガホニャララ』(文春文庫)など。

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