2020.07.29

「新型コロナによって見えた、オンラインで"今"を共有する価値」──コミュニケーション・ディレクター 佐藤尚之

ポストコロナによって始まる「ニューノーマル」について、著名人に聞く連載。第2回は、"ファンベース"で知られる、コミュニケーション・ディレクター 佐藤尚之さん。さまざまな価値が変容するなかで、これから企業と消費者の関係はどう変化していくのでしょうか。

コミュニケーション・ディレクター 佐藤尚之さん
広告賞受賞多数。昨今は、多くの企業が注目する"ファンベース"の提唱者として、年100本ペースで講演を行うなど、幅広く活躍中。著書に「ファンベース」など

今後さらに高まる、「ファンベース」の重要性

──新型コロナウイルスの影響を受け、私たちの生活は大きく変化しました。佐藤さんはそのなかで、何がいちばん変わったと感じていますか?

佐藤 人と人のつながり方だと思います。しかし、これを「コロナの影響による大きな変化」と呼んでいいものか、という疑問もあります。

なぜなら、ここしばらくずっとそういう変化の流れの延長線上にあると思うからです。たとえば、江戸時代の昔は、会うとか手紙とかしかつながる方法がなかったけど、その後、電話が生まれ、メールやSNSなどが生まれ、私たちは複数のつながり方を有しています。

今回のコロナによって、「リアルではないつながり方」が日常生活の中で増加しましたが、これまでの大きな変遷を考えれば、これは「つながり方の変化が促進された程度」と捉えたほうがいいかな、と思っています。

たしかに、リアルであるかどうか、という明確な違いはあります。ですが、「オンラインだから会っていない」と捉える人は少ないと思います。つまり、リアルでもオンラインでも、"会う""つながっている"という事実は変わらないわけです。

もちろん、リアルでしか得られないものもあります。場の空気感や匂い、対面時にお互いの全身が見える、みたいな五感による安心感もそのひとつでしょう。一方で、オンラインにも多くの利点があります。特に、移動が不要で、遠くの人とでも、近くても事情があって家から動けない人とでも、いつでもどこでも「会う」ことができる点は、言うまでもなく大きなメリットですよね。

当然、どちらもメリット・デメリットがあります。その使い分けが今後さらに進み、"促進される"ことになると私は考えています。

──佐藤さんの提唱する「ファンベース」は、中長期的に売上や事業価値を高めるための考え方です。今後、新型コロナの影響は、ファンベースにもおよぶとお考えでしょうか?

佐藤 もともと大きな流れとしては、「つながり方」と同じように、伝え方も「ファンベース」方向へ動いている、と思っていたので、特に根本への影響はないと思っています。

そもそも日本は、コロナ以前から、「人口急減」という大きな問題を抱えています。マーケットがすごい勢いで縮んでいくわけです。

ある統計では、30年後には現在より3000万人も人口が減少するというデータがあり、日本の企業はとっくに「顧客が確実に減る未来」と向き合わなければいけない状況に置かれています。加えて、将来的には、超高齢化などの影響も受け、消費も急激に減少するでしょう。消費が減るので確実に景気は悪くなるし、不況も長く続くでしょう。

今後企業は、特に国内を相手にするビジネスにおいては、売上の前年比アップや事業拡大を実現することは困難になり、成長よりも「持続」に大きな価値を見出すことになるのではないでしょうか。

そんな困難な時代において、ファンベースはより重要になっていくと思います。「パレートの法則」はご存じだと思いますが、これは、ビジネスでいうと「全体の2割の顧客が8割の売上を生み出している」というもので、"80:20の法則"とも呼ばれます。いろいろな企業からヒアリングしましたが、ほぼどのジャンルにおいてもパレートの法則が当てはまるということがわかってきました。

ファンベースによって、ファンと深くつながることが重要なのは、その売上の大半を支えてくれている2割の上位顧客たち(≒ファン)をキープし続けることが、日本のように縮んでいくマーケットにおいて非常に重要な意味を持つからです。計算上は、売上は落ちないことになります。先が見えない時代においてこれほど重要なことはありません。

これからも疫病や大災害は起こります。そのなかで、ファンをベースに売上の8割を固めることがどれだけ重要なことか、ということです。そして、ベースを固めた上で、新規顧客を獲得するためのキャンペーンなどをする。新規顧客獲得よりも先にファンをベースにすることが先に来るのが、これからの時代のアプローチだと思っています。

"今"をオンラインで共有する価値

──未来を見据えて、ファンを育てる。そのためにはリアルとオンライン、どちらのコミュニケーションが有効なのでしょうか?

佐藤 一概にはいえませんが、イベントという側面で考えると、「どちらも同じくらい有効」だと私は感じています。

今回、ソーシャルディスタンスが声高に叫ばれたことで、リアルイベントは軒並みオンラインイベントへの移行を迫られました。私はそのなかで、クラフトビールの製造および販売を手がける「ヤッホーブルーイング」社の公式オンライン飲み会に参加し、そこで"オンラインならでは"のメリットを体感しました。

2020年5月30日(土)&6月6日(土)に開催された、
ヤッホーブルーイング初の大型オンラインファンイベント
「よなよなエールの"おうち"超宴 Special Movie 2020」

まず、場所を選ばないため、地方からでも参加できる点。これは距離の問題だけでなく、子育て中の方など、外出することが難しい方の参加ハードルも下げます。またオンラインの場合は、お酒が飲めなくても、気軽に参加できる点も魅力のひとつですね。

ユーザーの参加目的は、「同じ時間を共有する」ことにあります。結果、飲み会なのに飲まない、家にいるのに集まっている、子育てしながら合間合間で飲む、みたいな新しい体験が生まれることになりました。もしこれがリアルの飲み会なら、そうはいかないでしょう。そして、こうした場を提供したこと自体がヤッホーのファンを増やすことにもつながります。

──ほかにも、リアルをオンラインに置き換えることで、新たな価値を生み出したケースはありそうですね。

佐藤 はい。今治タオルの「IKEUCHI ORGANIC」は、通常リアルで行っていた工場見学をオンラインに切り替え、ファンとの絆づくりを実現する新たな機会を創出した好例だと思います。私も参加しましたがとても楽しかった。

ファンというのは、商品が出来る過程や作っている人々にも強い興味があるものです。以前から同社の「工場を見てみたい」というファンは多くいました。しかし愛媛の今治にあるので、誰もが気軽に参加するというわけにはいきませんでした。

そのなかで今回「オンライン工場見学」を実施したことで、地方からも参加できるようになり、多くのファンを喜ばせました。実際に会長や社員が工場を案内する道中はすべてリアルタイムで実施され、ときにハプニングも起こりましたが、そのハプニングも含めてとってもリアルで、ファンはとても喜びました。加えて、チャットでほかの参加者とともに感想を共有することができ、「同じ時間を共有する」ことで、一体感を生み出しました。

またエンタメの世界でも、「劇団ノーミーツ」のZOOM公演が大きな話題となりましたよね。私も視聴しましたが、素晴らしかったです。さらにもうひとつ。先日サザンオールスターズが行った無観客ライブも象徴的ですね。いろんな事情でアリーナ公演に行けない人たちが、リビングで、自分の部屋で、移動しながら、同じ時間を共有できる。

今後こういったことは普通になることだとは思いますが、サザンみたいなグループがそれをやったことは、とても大きな意味があったのではないでしょうか。

サザンオールスターズが"感謝"の気持ちを込めて行った、無観客配信ライブの予告動画。
当日は、全8つのメディアからライブ配信を実施し、推定視聴者は約50万人にものぼった

ファンベースは、継続が重要

──もはや、オンラインはリアルの代替、と考えるのは間違っているのかもしれませんね。

佐藤 ええ。別の魅力がある、と捉えるべきだと思います。逆にコロナの今だけ、期間限定でやるものというのは、一時的な効果しか生まず、長期的にはプラスにならないのではないでしょうか。今後も継続できるオンライン施策として、企画を考えた方が"ファンづくり"という視点でも有効だと感じます。

ファンは、リアルで集まって熱狂する方々だけではありません。気持ちは熱いけど行動はそんなにしないサイレントなファンも日本では多いのです。オンラインは、そういう方々と企業をつなぐ大事な「つながり方」です。「同じ時間を共有する」というポイントを活かしつつ、これからも継続していくべきアプローチだと思います。

──最後に。さまざまなものが刷新される「ニューノーマル」時代。ファンベースはそのなかで、どのような役割を果たすとお考えでしょうか?

佐藤 今後「売る」は「結ぶ」へと変わり、「買う」は「応援」へと変化していくと考えています。これまで刹那的に売買が行われてきましたが、今後は"なぜ買うのか"への意識がさらに高まっていくと予測しています。

重要なことは、「長く愛される商品」になること。そこで効果を発揮するのがファンベースです。今後マーケッターは、ファン目線でモノを考え、発信していく機会が増えると思います。そうすると自ずとファンの笑顔も増え、世の中に「好き」が増大していく。縮んでいく日本においての、「幸せのカタチ」はそこにあると、私は考えています。

ファンの笑顔を創ることが仕事になる。それはうれしい仕事ですよね。ひょっとしたら、これからの困難な時代を喜ばしい時代と思える、そんな未来に向かっているのかもしれない。そう思うと、来るべき未来の不安も少し、軽減されるのではないでしょうか。

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