【第9回】アクセシビリティの視点から考える、Withコロナのマーケティング

2020年05月25日

<連載>サステナブル・マーケティングのすすめ

「サステナブル・マーケティング」をキーワードに、令和におけるマーケティング戦略を考察していく連載コラム。
新型コロナウイルスによる影響は、さまざまなバックグラウンドを持った私たちの生活を変えています。今回は、この状況下で情報収集や外出に困難を抱える障害当事者の視点から課題を確認し、マーケターが打ち出す企画でどのような対応が必要かを考察します。

ムーブメントに乗ったつもりが、裏目に出た施策とは

『ソーシャルディスタンス』は、新型コロナウイルスの感染リスク軽減を目指すための指標として普及したキーワードのひとつです。他者との距離を1.8m以上取ることは、いまや世界中の人々に等しく課せられた使命といえるでしょう。
このソーシャルディスタンスをテーマとした企業メッセージの発信が、一種のムーブメントになっています。

発端はマクドナルドやコカ・コーラ、アウディなどの名だたる企業が、自社の改変ロゴをSNSで公開したことでした。すでに消費者の目になじんだ自社のロゴのパーツの距離を空け、ソーシャルディスタンスの重要性を訴えるという内容です。
ロゴの距離を空けるという手段は、大手企業が自社ブランドの象徴であるロゴの形を崩してまでメッセージを伝えることにインパクトや意義があります。また、全人類が同様の脅威に対峙する今、大手数社が業界を越えてひとつのメッセージを伝えることの話題性や影響力は極めて大きいものでした。

このムーブメントは、日本企業にも波及しています。
茶葉販売事業を手掛けるLUPICIAや東北芸術工科大学、ファッションブランドのアンリアレイジなどが、同様のソーシャルディスタンスを表したロゴを公開しています。
そしてその後、SNSのアカウント名や投稿に一文字ずつスペースを入れる形でソーシャルディスタンスを表現する手法が広まりました。ロゴを改変するよりも手軽であるためか、国内公式企業アカウントの一部がアカウント名にスペースを空ける方法でムーブメントに便乗しているそうです。

しかしながら、実はこの方法には大きな問題がありました。
アカウント名にスペースを空けることは、音声読み上げ機能や機械翻訳の結果をいたずらに変えてしまいます。母国語が日本語以外の人々や音声読み上げ機能を必要とする人々にとって、この施策はアクセシビリティを著しく下げるものでした。
加えて、これまでのアカウント名で検索しても、ソーシャルディスタンス仕様にしたアカウントは検索結果に反映されなくなってしまいました。
アカウント名変更によるソーシャルディスタンスの演出は、『ロゴを変える』ことが持っていたインパクトも薄いうえに、消費者へのデメリット生み出してしまいました。こうした本末転倒なアクションは、話題性と引き換えに企業価値を下げることにつながってしまいます。

同じ過ちを繰り返さないために、マーケターができること

リアルイベントや店舗での訴求が難しい昨今、SNS運用などデジタル・マーケティングの価値は一層高まっています。だからこそ、私たちは改めてオンラインにおける"バリアフリー"というテーマと向き合うべきなのかもしれません。

マーケターが第一にできることは、多様な背景を持つ消費者へのリテラシーを深めるとともに、すべての人に等しくメッセージを伝える方法を検討することです。前段で紹介したソーシャルディスタンスの事例は、音声読み上げ機能を介して情報を取るユーザーがいることへの理解があれば生まれなかったでしょう。
「視覚障害者の携帯電話利用状況調査(電気通信普及財団調べ)」によると、スマートフォンを利用する全盲の人のうち95.3%が音声読み上げ機能を利用しています。音声読み上げ機能に対応しない情報発信は、少なくともその人々を情報提供の対象から除外してしまいます。

この考え方は、以前の記事で紹介した『インクルーシブ・マーケティング』に結びつくものです。
これまでマーケティングにおいて無自覚にターゲットから除外されてきた人々を包括する施策は、当事者の視点に立ち、等しく取り上げることによって成立します。また、そうした視座に立ったコンテンツ制作は、ダイバーシティへの理解が浸透しつつある昨今、好感をもって支持される傾向があります。

動画配信から考える、アクセシビリティへの配慮

では、マーケターはどのような意識でオンラインにおける"バリアフリー"を目指せば良いのでしょうか。
コロナ禍でオンライン・ツールを活用したセミナーやイベントが増えるいま、まず動画での伝わりやすさを多面的に見直す、という施策があります。
動画やビデオ通話を介した情報発信では、字幕の挿入やスライドの文字サイズなどに配慮することで、視聴覚障害者にとってアクセスしやすい情報を目指すことができます。また、内容によっては画面を補足するためのガイド音声を加えるなどの工夫もできるでしょう。

手話通訳の対応も、増えることが望まれています。
コロナ禍の緊急かつ重要性の高い情報ですら、一部自治体では手話も併せた情報発信が為されていません。手話を第一言語とする人にとって字幕情報は十分な代替にはならないということも鑑みれば、手話通訳を取り入れた動画配信を企業として打ち出す姿勢は、多くの共感とともに歓迎されることでしょう。

注意したいのは、こうした試みの前提には当事者の視点に立った理解が欠かせないということです。
この注意点が当てはまるのは手話だけではありませんが、一例として手話によるニュースの補足を試みている事業事例を紹介します。


ユニバーサルデザインのコンサルティング事業を展開する株式会社ミライロは、2020年5月、新型コロナウイルス関連の情報を日本手話と国際手話双方で動画配信し、YouTubeやTwitterで広げる活動を始めました。手話は国によって表現に差があり、表情の微細な変化などにも感情や強調表現などの意味があります。手話を第一言語とする人々の視点に立つと、画面における話者の見えやすさや、日本手話以外の手話言語を使う方々へのケアについても考えが及ぶということです。

また、表情の見えやすさへの配慮として、手話通訳士による透明マスクの普及が広がりつつあります。手話コミュニケーションにおいてマスクの使用は情報の欠損を意味しますが、コロナ禍でマスクを着用せず対応すると感染リスクを高めてしまいます。
この悩みを解決するために登場したのが、話者の口元を隠さずに感染を防げる透明マスクです。広く国民に伝えられるニュースや記者会見の場では、この透明マスクを着用する手話通訳士の姿が増えました。

透明マスクの利用は、手話を使用言語とする人々から称賛を得ただけでなく、私たちにも手話通訳における口元から得られる情報の重要さを示すメッセージとなりました。リテラシーを改める契機となる取り組みは、話題性だけでなく、のちに社会的課題を解決する糸口となる価値もあるでしょう。
たとえば、コロナ禍でマスク利用者が増加したことにより、聴覚障害を持つ人々が日常でコミュニケーションに困難を覚えるシーンが増えたという声が挙がっています。透明マスクの利用がメディアを通じて一般化し、公に開かれた窓口などで増えれば、課題解決の一端となるかもしれません。

今こそインクルーシブなアプローチで共感を得る好機

新型コロナウイルスによって人々の日常は一変し、それぞれの環境において新しい課題が生まれています。
その課題を解決するための施策は当事者のプラスになるだけでなく、当事者以外の人々の好感度を高めたり、他者の痛みを知るための契機ともなります。コロナ禍で生じた多様な課題に向き合うことは、マーケティングの柱のひとつとなるでしょう。
中でも、インクルーシブなアプローチへ取り組むには、まさに今が好機と考えられます。他者の生活変化について多くの人々が注目しており、支援や共感、情報の拡散といった形でアクションを起こす機会が増えているからです。

このコロナ禍において、心身に何らかの障害を抱え生きる人々は特に生活に困難を感じるシーンが多いようです。
視覚障害当事者を例に挙げると、感染リスクを下げるための外出自粛やソーシャルディスタンスを取るなどの施策が、生活に多大な影響を与えています。
彼らの外出に付き添うガイドヘルパーは活動自粛を余儀なくされ、派遣が難しくなっています。サポートする際も、距離は"密"にならざるを得ないため、以前と同じサービスを提供することは難しい状況が続いています。

さらに当事者だけでなく、当事者の家族が受ける影響も少なくありません。
例えば発達障害当時者の家族は、支援施設の利用が難しい状況が続くなか、当事者の生活習慣の乱れや精神的負荷の増加を懸念しています。

日本において心身いずれかに障害を抱える人々は推計936万人超と発表されており、全人口の7.4%を占めます(2018年、厚生労働省調べ)。特に高齢者の障害当事者が占める割合は年々増加しており、高齢化に伴い、さらに障害当事者人口の増加は進むと予想されます。

この7.4%の人々には、コロナ禍の中で生まれたそれぞれの課題があると考えられます。
当事者がどのような障壁に直面しているか理解しようと努め、その解決につながる施策に乗り出すことは、人々の関心が他者の困難にも向けられている今だからこそ、大きな価値を持つはずです。

Afterコロナ時代に、持続可能な価値を残そう

今回取り上げたアクセシビリティへの配慮や心身に障害を持つ人々の課題解決に資する取り組みは、一時的なものではなく、のちの時代に受け継ぐ資産と考えることができます。ソーシャルグッドなサービスに取り組むことは、企業のブランド力そのものを高め、新たな顧客層にメッセージを届ける契機にもなります。

冒頭で紹介した、アカウント名にスペースを空けることでソーシャルディスタンスを表現する事例は、Afterコロナの時代に差し掛かり再びアカウント名を戻せば、一過性の話題性以外の価値は残りません。
一方で、コンテンツ制作におけるアクセシビリティへの配慮を重ねる戦略は、今後のアプローチのガイドラインづくりにも貢献し、継続的な価値を生み出します。
企業価値を高め、持続可能な施策の土台となるアプローチについて、この機会に一考してはいかがでしょうか。



筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。
記事カテゴリー
SDGsと担当者