【第6回】新型コロナウイルスの混乱のなか広がる「サステナビリティ」の重要性

2020年04月24日

<連載>サステナブル・マーケティングのすすめ

「サステナブル・マーケティング」をキーワードに、令和におけるマーケティング戦略を考察していく連載コラム。
今回は、SDGsで掲げられた目標とコロナ禍によって現れた社会の変化をまとめ、サステナブル・マーケティングの視座からどのような戦略を取るべきかを考えます。

新型コロナウイルスの影響でSDGsの項目が"自分ごと化"した

SDGs(Sustainable Development Goals)には、国際社会共通の目標として上図の17項目が掲げられています。
国や企業は、これらの目標達成のための具体的な解決策を模索するよう国連から求められています。また投資家も、環境・社会への配慮の有無を考慮した投資を行うよう提言されました。2015年9月に定められたSDGsは、2030年までの国際問題解決の指針であり、2020年はその期間の3分の1にあたる年です。

とはいえ、SDGsへの具体的な取り組みが各国で急速に進んでいるかと言えば、決してそうとも言い切れません。
サステナビリティに対する意識の強弱は各国によって差があります。日本もまた、クリアしていると判断された項目は「質の高い教育をみんなに」と「産業と技術革新の基盤をつくろう」二項目のみであり、他の項目はいずれも改善の余地があると指摘されています(Bertelsmann Stiftung調査、Sustainable Development Report 2019)。



2019年の日本のSDGsへの取り組みの現状
※緑色が目標達成項目。赤、オレンジ、黄色の順で課題の深刻度合を示す

こうしたSDGsへの取り組みの現状は、各項目が持つ問題への理解の差が表れているのでしょう。
それぞれの項目がなぜ解決すべき問題なのか、国や企業が"自分ごと"として認識できていれば、それは必然的にアクションにつながるはずです。端的に言えば、持続可能な社会を築く必要性に気付くきっかけが足りないのです。

しかし、昨今の新型コロナウイルスによってもたらされた甚大な被害は、奇しくもSDGs同様国際社会共通のものとして眼前に迫っています。人々の移動や経済活動を厳重に制限しなければならない状況下で、SDGsに掲げられた目標は思わぬ形で可視化され、私たちに持続可能な社会の重要性を伝えています。
新型コロナウイルスの影響が私たちの生活や環境に与えたいくつかの変化を紹介し、それを元に、マーケターがどのようなサステナブル・マーケティングに取り組んでいくべきかを考えてみます。

都市封鎖により実現した環境改善

イタリアは新型コロナウイルスの多大な影響を受け、注目される国のひとつです。本国では一刻も早く事態を改善すべく大規模な都市封鎖が行われ、結果、思わぬ影響が表れ始めています。
イタリアのなかでも有数の観光都市として知られるベネチアでは、都市封鎖後観光客の移動がなくなったことで、大気汚染の改善が進んでいます。ベネチアの象徴でもある運河は、観光用ボートによる沈殿物の巻き上げがなくなり、澄んだ水中で魚が泳ぐ様子が観察できるようになりました。

こうした環境改善の様子は地元民のSNSを通じて世界中にシェアされ、私たちが観光目的で環境汚染を進めていたことを気付かせるきっかけを作りました。美しい風景を楽しむ行為が、同時にその美しい風景を奪うことにつながっているという問題提起は、他の観光地でも等しく挙げられるものです。
ベネチアの環境改善がSNS上で多くの反響を呼んだことは、今後のサステナブル・マーケティングのヒントと捉えられます。

環境改善の必然性は、他の側面からも見直されています。先日「新型コロナウイルスによる致死率とPM2.5の濃度には関連性がある」という研究結果が発表され、大気汚染が深刻な環境に住む人々ほど、症状が深刻化することが明らかになりました。
もとよりPM2.5は呼吸器障害や糖尿病悪化など諸症状を引き起こす要因と言われており、健康への影響は新型コロナウイルスに限ったことではありません。とはいえ、死を間近に感じざるを得ないウイルスとの関連は、私たちが健やかに生きていくために、この問題を改善すべきだということを強く物語っています。

都市封鎖による大気汚染の改善は、経済活動の停止という大きな犠牲を伴った一時的なものですが、この契機を通じて私たちはその重要性を再認識できました。この気付きを起点としたサステナブル・マーケティングは、アフターコロナの世界では重要なメッセージとなるでしょう。

福祉や教育面での対策

新型コロナウイルスによる影響を受けた今、SDGsの17項目のゴールと向き合うと、早急に取り組むべき課題は何であるかが改めて確認できます。たとえば「すべての人に健康と福祉を」、「質の高い教育をみんなに」、「人や国の不平等をなくそう」といった項目は、まさに早急な対策を必要とする目標です。

一例として、学校教育の再開や改善は「質の高い教育をみんなに」を実現するために必要不可欠です。
香港の大学では、いち早く学校教育のオンライン化が進み、新型コロナウイルスの感染が話題となった1月末の時点で、オンライン授業を開始していました。ZoomやGoogle Classroomといったツールを駆使し、現在は中学校や高等学校でもオンラインでの授業が進んでいます。
この背景には、新型コロナウイルスの拡大以前に大学デモが頻発し、大学教育の継続のためにはオンライン化が急務であった事情があります。しかし、そうした背景の有無に関わらず、教育機関全般のスムーズなオンライン移行が進んだのは、柔軟な対応を推し進めた政府や学校の功績といえるでしょう。

では、企業としてはどのような取り組み方があるのでしょうか。
ジャパンリゾート株式会社が運営する宿泊施設The GrandWest Arashiyamaでは、2020年4月13日より期間限定で宿泊施設のデイユース利用サービスを開始しました。休校中の子どもたちの気分転換や、家族と離れた場でのテレワーク利用を想定し、ホテルの空き部屋を安価で提供するサービスで、普段と違った生活や、心身共にストレスを抱える人々に空間を提供しています(緊急事態宣言の発令以降は、より時間を短縮してサービスを提供しています)。


HOTEL SHELTER 公式サイト

宿泊施設を利用したサービスとしては、株式会社R&Gグローバルビジネスが開始した「HOTEL SHELTER」も話題を呼んでいます。「HOTEL SHELTER」は、医療従事者や接客業従事者など感染リスクのある方を対象に、家以外の帰宅先としてホテルの部屋を安価で提供するサービスで、現在加盟ホテルも募集しています。家族を感染から守るための手段としてホテルを再定義することは、現状において人々の健康を守ることに直結します。

新型コロナウイルスの感染リスクを避けることと、福祉面や教育面で充分な生活が送れることの双方を維持するために、急激に変化した社会のなかで取り組むべき課題は山のようにあります。その課題に、自社のリソースで対応できることがあるかを検討することは、マーケターが今できる役割の一つかもしれません。

感染拡大を防ぐために「使い捨て」を余儀なくされる現状

最後に、新型コロナウイルスによって影響を受けているSDGsの項目のひとつとして、「つくる責任、つかう責任」を挙げます。
プラスチック容器の使い捨てや過剰梱包によるゴミ排出量において、日本は深刻な問題を抱えており、特に早急な対応を迫られてきました。その現状は変わらないなかで、感染が拡大するにつれ、いっそう使い捨てせざるを得ない状況が世界的に広まっています。

最たる例は、マスクや手袋などの感染リスク軽減を目的とした商品です。
それらのアイテムは頻繁に取り換え、捨てられているため、エコロジカルな状況とは対極にあります。さらにはマスクを自宅内で捨てることを避け、街中の道端に捨てていく人も増えており、人々のなかで清潔な街や環境を守る意識が低下しつつあります。
また、外食に替わってデリバリーのニーズが高まっていますが、デリバリーでは使い捨ての容器を利用するケースが高く、ゴミ排出量は必然的に高まります。

感染リスクを下げるために選ばざるを得ない使い捨てに対し、今後企業として何らかのソリューションを提供したり、メッセージを掲げたりすることは、現状のなかで持続可能な社会を目指すために必要な取り組みのひとつと考えられます。

「サステナブル」を基軸に、課題にフィットした戦略を

このように、SDGsの指針を基軸にコロナ禍をとらえてみると、企業が取り組めるサステナブル・マーケティングとしてさまざまな方向性が見えてきます。

例えば、在宅時間やリモートワークに対して具体的な改善施策を提供したり、キャンペーンとして自社サービスの一部を無償または低下で提供したりといったアクションが挙げられます。
また、制限された生活のなかでの消費行動を分析し、繰り返し使える商品や、エコロジカルなソリューションを提供するのもひとつの方向です。このタイミングだからこそアピールできる、環境改善に役立つ取り組みの発表も良いかもしれません。

どんな状況下にあっても、国際共通の目標であるSDGsに描かれたビジョンは揺るぎないものです。むしろ新型コロナウイルスによる影響の世界的拡大は、一部においてその目標の必要性を如実にしました。今だからこそ、強いインパクトと共に人々に響くサステナブル・マーケティングがあるということです。
自社のサービスやリソースが社会や顧客に対してどのような価値を生み出せるか検討し、価値観や市場活動が一変した未来においても持続可能なメッセージの在り方を模索してみましょう。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

記事カテゴリー
SDGsの基礎知識