【連載】中性化するニッポン 〜なぜ男女マーケに「異性のココロ」が必要なのか〜
こんにちは。マーケティングライターで世代・トレンド評論家の、牛窪(うしくぼ)恵です。
半年間に渡ってお読み頂いたこの連載も、ついに今回が最終回。
前篇では、タピオカ男子に見られる「スマホ&SNS」の普及が、中性化を促した可能性についてお話ししましたが......、最後は「今後の恋愛市場を大きく変えるのでは?」と言われる「遺伝子サービス」、そしてもうひとつ「恋愛マッチングアプリ」と中性化との関係について、ご紹介しましょう。
NHK総合「所さん!大変ですよ」のスタジオより
「遺伝子サービスで決めた離婚」が意味するもの
「離婚は"DNA(遺伝子)データ"が決め手だった。後悔はしていない」......。今月3日、日本経済新聞紙上でこの記事を読んだとき、私もあまりの衝撃に「ええっ?」と大声を出しそうになりました。
「DNAデータが決め手」と話す声の主は、横浜市に住む某40代男性。彼は、8年間に渡る妻との結婚生活に、冷え込みや行き詰まりを感じる一方で、小学生の息子がいることから「離婚」をためらっていたそうです。
そこで「結婚生活を継続させるか? それとも離婚か?」を判断するために、あるサービスに頼ったそう。それが、遺伝子検査の相性判定サービスだったと言うのです。
すると、判定された相性スコアは「48%」。「(この遺伝子パターンでは)長続きするカップルは少数」と説明され、「ならば離婚しよう」と決心がついた、とのこと。
確かに、男女の相性は「遺伝子」と関わりが深いとも言われます。それを象徴するのが「ニオイ」と「唾液」です。
「ニオイ」については、「香り市場が『モテたい』から『嫌われたくない』に変化した理由」でも少しふれました。
皆さんも、ある異性がそばに来たとき「あれ?この人、いいニオイだな」と、ふと感じたことがあるはず。これが"無意識"のうちに、ニオイでその人に惹かれていく瞬間です。
ニオイには、先日お話しした女性(男性)ホルモンや、フェロモンを含む汗などが関係していますが、もう一つ、ニオイを運ぶ「血液」の影響も見逃せません。
人間の血液には、「HLA」と呼ばれる白血球のパターンがあり、一般に、「人は自分と違ったパターンのHLAを持つ異性のニオイに惹かれる」傾向があるとか。
なぜなら、自分と似たHLAを持つ異性を選んでしまうと、いわゆる「近親相姦」に近い弊害、すなわち「免疫機能」が弱い遺伝子を残してしまう可能性があるから。
逆に、自分や近親者と異なるHLAを持つ異性をパートナーに選べば、より多様な免疫機能を持つ子孫を残すことができる。子子孫孫、長く続く強い遺伝子を残す可能性が高まるのです。
もう一方の「唾液」については、「キス」との関係性で語られることが多いですよね。
例えば、「人は誰かとキスした瞬間、相手の唾液から分泌される成分を脳で感知して、その人との相性を判断する」との理論。
そのとき「唾液」から、相手の健康状態は良好か、遺伝的に近親性はないかなどを瞬時にチェックし、OKならばドーパミンが、NGならばストレスホルモンが発せられます。
前者は「快感」を得られる物質、後者は文字通り「ストレス」を感じる物質なので、後者であれば「この人とは相性が悪い」「だから、キスより先(エッチ)にまで進むのはやめておこう」とブレーキを掛けられる仕組み。
実際、オールバニー大学のゴードン・ギャラップ博士も、「59パーセントの男性と66パーセントの女性が、キスに関する不具合によって、恋愛関係を築けなかった」と証言しています。人間の能力って凄い!
つまり、人間には生まれながらにして、「ニオイ」や「唾液」で異性との相性を判断できる、極めて"野性的な"機能が備わっているはず。
でも、冒頭に登場した「DNAデータが決め手」だと話す男性は、みずからの"野性的な"機能を働かせることなく、便利な遺伝子検査のサービスに頼ることで、離婚を決めたわけですよね。
こうした傾向に「危険だ」と警鐘を鳴らすのが、脳科学者・澤口俊之先生。
私も長年、「所さん!大変ですよ」(NHK総合)や「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)でご一緒させて頂いているのですが、彼はよく「人間の本能は、使わずにいるとやがて衰えてしまう」と言います。
そう、せっかくの本能を駆使することなく、便利なサービスに頼り続けていると、自分と相性がいい異性を「この人だ!」と判断できるはずの能力が、錆びついてしまう。
結果的に、貴重な「男性性」「女性性」を判断できる本能がどんどん衰え、みずからも「中性化」へと向かっていく可能性が否定できないのです。
恋愛マッチングアプリの定着とAI化
では、もう一方の「恋愛マッチングアプリ」は、どうでしょう?
皆さんは、使ってみたことがありますか? 既婚者の中にも、一度ぐらいは「好奇心から覗いてみた」という人もいるのではないでしょうか。
日本で、マッチングアプリの前段と言えるサービスが急速に普及したのは、1990年代後半。私もよく覚えていますが、当時「エキサイト出会い(のちに「エキサイトフレンズ」に改称)」をはじめとした、いわゆる「出会い系サイト」が脚光を浴び、アッという間に若者の間に広がりました。
火がついた最大のきっかけは、99年にNTTドコモが始めたインターネット接続サービス「iモード」でしょう。手軽にネット接続できるようになったことで、女子高生を含めた10、20代の女性にも出会い系サイトが「便利」「楽しい」と波及した。
その結果、よくも悪くも見ず知らずの男女が気軽に出会えるようになり、やがて「殺人事件」にまで発展するという事態(「和歌山出会い系サイト強盗殺傷事件」/2002年 ほか)が相次ぎました。
これにより、日本ではいったん「ネットを使った出会いサービスは怖い」「ヤバい」という負の概念が定着したのですが......、これより少し前(95年)、マッチングアプリ発祥の地・アメリカでは、いまも世界25カ国で展開される最大級のマッチングサービス「Match.com(マッチ・ドットコム)」が瞬く間に広がり、話題を呼んでいたのです。
なぜ、一旦「怖い」「ヤバい」となった「出会い系」が、日本でも復活したのか? 私は、おもに3つの理由があると思います。
1つ目は、おそらく「出会い」とは違った「マッチング」という新たな概念の登場で、それまでの負のイメージが薄まったから。2つ目は、日本でも2012年ごろから「スマホ」が爆発的に普及したため、いつでもどこでもアプリを稼働させられる環境が整ったから。
そしてもう1つは、「AI(人工知能)」とビッグデータという、現代のマッチングアプリに欠かすことができない技術が、ここ数年で飛躍的に進化したからです。
厳密に言えば、随分前から「AI搭載」をうたい文句にしたマッチングアプリは、数多く登場していました。ですがその多くは、「年収や趣味、行動パターンが似ている人を割り出し、シンプルにマッチングさせる」という、単純な「協調フィルタリング」の仕組みを利用したものが圧倒的でした。
ですが昨年ごろから増えてきたのは、正真正銘のAIを導入したマッチングサービス。昨年6月、パートナーエージェントは、自社の婚活サービスに人工知能エンジン(KIBIT(キビット))を導入しました。
これは、過去に成婚したカップルのデータを自動的に学習し、データと類似性の高いカップルをリストアップするというもの。
バブル期の婚活といえば、年収や身長、最終学歴などの「スペック」を条件に、お相手を探すケースが多かった。ですが最近、20、30代が「恋愛・結婚相手に望む条件」として上位に挙げるのは「価値観」が似た異性、です。
スペックは、「年収○万円以上」や「身長○センチ以上」など、容易に数値化できますよね。でも「価値観」は、数値で表しにくい。だからこそ、これまでは「婚活でマッチングさせるのは難しい」とされてきました。あくまでも「実際に会って話してみて"ビビッ"とくるか?」がポイントだったわけです。
でも先のAI(キビット)の場合、対象者の趣味やこだわり、好きなもの等の情報から、その人の「人柄」や「価値観」をパターンとして学習し、自動的に「相性の良さ」を判断してくれる仕組み。
これなら、わざわざ会ってデートして......、というプロセスを踏まなくても、確率論で相性が良い相手を選ぶことができる。
先の「遺伝子」サービスと同様に、"ビビッ"と来るか来ないか、という野性的な本能に頼らなくても、便利なAIが「この人が良いのでは?」と教えてくれるわけです。
「本能を必要としない」ツールは、未来をどう変える?
でも、これも先の遺伝子のケースと同じでしょう。人は便利なサービスに慣れてしまえば、無理して自分の本能を駆使しようとはしなくなる。すると次第に、ニオイや唾液、あるいは"ビビッ"と来る直感のようなものに対して鈍感になっていくでしょう。
なぜなら、「いま自分の本能に耳を傾けなくても、いざとなれば便利なサービスを利用すればいいや」と怠け心が働くから。
ダーウィンの「進化論」に照らしても、人間を含めた生物は、その時代の環境変化に応じて「変異」していく性質があります。
そう考えると、便利な遺伝子サービスやAIがどんどん普及していけば、おそらく人間の「男として」「女として」の本能的な能力は衰え、いずれもさらなる「中性化」に近づいていく......と考えられますよね。
あと100年後、いえ50年後ぐらいには、この地球上から「男女」という概念そのものがなくなっているかもしれません。
でも「女は面倒だ」や、「男のクセに」などと、異性に批判的な目を向けていた時代より、むしろ中性化しきった未来のほうが、多くの人が「幸せ」を実感できる時代になっている可能性がある。私も頑張って長生きして、せめて「50年後の日本」を見てみたいです!
>タピオカブームと「中性化」の深い関係~AIが「恋愛市場」を大きく変える!(前編)
筆者プロフィール
牛窪 恵(うしくぼ めぐみ)
世代・トレンド評論家。マーケティングライター。修士(経営管理学/MBA)。大手出版社勤務等を経て、2001年4月、マーケティング会社・インフィニティを設立、同代表取締役。著書やテレビ出演多数。「おひとりさま(マーケット)」(05年)、「草食系(男子)」(09年)は新語・流行語大賞に最終ノミネート。新刊は「なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか?」(光文社新書/共著)