2019.11.08

こっちも面白い女子マンガの真髄(前編)ーテーマは「本音肯定」、キャラは「愛されるドジ」

女子マンガは、女性向けの商品やサービスと同じように、常に女性の味方。彼女らをいかに元気づけ、肯定し、発言力をあげていくかをテーマとしてきました。女性に寄り添いながらその本音を読み解き、深層心理を浮き彫りにして、今もヒットを生み続けています。
今回は女子マンガに詳しい早稲田大学文化構想学部助教のトミヤマユキコさんに、その歴史や作品を通じて、女性をとりまく世相の変化や女性心理を紐解くポイントについて教えていただきました。

※この記事は2017年12月に掲載されたインタビューを再構成したものです。

本音肯定で発展してきた歴史

'80年代は、女子マンガの"踏み切り板"時代

'70年代に入ると、女性向けマンガ雑誌の創刊ラッシュがはじまります。そして、作品数が増えるにしたがって、女性の本音や欲望の描き分けが求められるようになっていきます。どれがヒットするかというのは、その時々ですけれど、作家さんには、女性の欲望を細分化することが求められるようになりました。

女性の欲望や本音の描かれ方には、「社会の中の"私"を認めてほしい」という流れと、「社会とは全く切り離された、個人としての"私"を、愛し、認めてほしい」という流れがあります。本当はその両方が手に入れば幸せですが、この時代の作品には、まだ分裂が見られます。そういう意味で、女性の欲望、本音を肯定した作品が描かれだしたごく初期の、"踏み切り板"みたいな時代だったと言えるでしょう。

'80年代に連載されていた『白鳥麗子でございます!』は、本音の肯定という視点で見てみると、とても面白いです。主人公の麗子はいわゆる「ツンデレ」で、読者は彼女の「心の声」を読めますが、他の作中人物にはそれが分からない。読者は神の視点に立って、麗子が言っていることと、やっていることが全然違うということが分かるからこそ、面白いと感じるわけです。

白鳥麗子でございます!(1)著:鈴木 由美子

当時はみんな、「なんだ、この女、面白過ぎる!」という感じで読んでいたと思いますが、現代から見ると、麗子は心の中でしか本音を言えていない。『白鳥麗子でございます!』は、本音を口に出したいけれど、心の中に留めてしまう、過渡期的な作品と言えるかも知れません。

'90年代以降、思ったことをはっきり言う女性たちの登場

3人娘がかしましくしゃべる『くちびるから散弾銃』が'80年代末に連載を開始し、'90年代に恋の本音満載の『ハッピー・マニア』が出てきて、女子マンガの流れが、思ったことをはっきり言う方向へとシフトしていきます。
そして『ハッピー・マニア』の流れを汲む"ガールズトークマンガ"として位置づけられるのが『東京タラレバ娘』です。作中で語られる女性たちの辛辣な本音トークこそが、多くの女性の共感ポイントだと思われますが、作者の東村アキコは、一貫して「女に変われという時代はもう終わっていて、女は変わらなくていい」というメッセージを発信しており、女性読者の自己肯定感アップに繋がっていると思います。

東京タラレバ娘(1)著:東村 アキコ

とはいえ、今の社会で生きにくさを感じている女性たちにとって、世間の目は完全に無視できるものではありません。そうした、周囲に馴染もうとする努力もしっかり描かれているところが、より深い共感を呼ぶのではないでしょうか。

>『東京タラレバ娘』×東村アキコの「負けない」理由

女性の強さ、たくましさも全肯定

一方、'90年代に描かれた『美少女戦士セーラームーン』は、男性に託されがちな強さとか、たくましさを女性が体現している作品。また、女たちだけでプロジェクトを完遂することがあってもいいじゃないかという作品でもあって、セーラー戦士の話としても、女性が社会でどうやってたくましく生きていくかという話としても読めます。セーラームーン世代の女性たちが仕事で辛いときに、「セーラームーンのテーマ曲」を聞くと言う話もあるくらいです。

美少女戦士セーラームーン 完全版(1)著:武内 直子

読者にとっては、自分の気持ちを強く保つためのお守りみたいなものになっていて、その効力が未だに切れていない、本当の名作だと思います。
しかも、この作品から派生するようにして、『魔法騎士レイアース』『カードキャプターさくら』『プリキュア』という、強い女性が活躍する作品が生まれていきます。

カードキャプターさくら(1)著:CLAMP

魔法騎士レイアース(1)著:CLAMP

戦闘シーンも、女子マンガならではの美しさで描かれています。女の子が何かに歯向かう、立ち向かう、ノーと言う。そのことを悪いと考える必要はないと、絵で説得しているのが凄いところです。

これは、女性の社会進出と、とても重なる部分です。基本的に、いまだに世間は男社会です。そこで働く女性たちが、本音なり、異議申し立てなりを口にしなければならない場合があると思うのですが、セーラー戦士たちは、ただ敵を「倒す」のではなく、和解したり、教化したり、といった柔軟性を見せてくれます。そしてそれは、実生活のロールモデルとしても参考になるだろうと思います。

愛されヒロインはドジ

"ドジっ子"ヒロインは、時代が変わろうとも愛される

たとえ欠点だらけだったとしても、光の射す方へ歩いていけるヒロインは愛されます。ところが、完璧なヒロインというのは、あまり愛されません。
例えば、その作品が"凄く好きな人と、凄く苦手な人"とにはっきり分かれる作家さんがいたとして、苦手な人に理由を聞くと、「キャラクターが完璧過ぎる」という答えが返ってくることがあります。リアルではないから評価できない、ということです。
マンガはフィクションなので、本来はリアルでなくてもいいはずなのですが、完璧すぎるヒロインは敬遠されがち。一見パーフェクトに見えるけれど駄目なところもあるキャラクターでないと、感情移入が難しいのです。パーフェクト過ぎるキャラクターがどれだけすてきな恋をしていても「しょせん他人ごとでしょ!」と感じてしまうのかもしれません。だからこそ、ドジっ子ヒロイン像は、時代がどれだけ変わろうとも愛されているのだと思います。

『美少女戦士セーラームーン』の主人公・月野うさぎは、まさにドジっ子ヒロインです。世界を救うだけの潜在能力を秘めながらも、普段の彼女は、ゲーム好きで勉強の苦手な女の子。本当は凄い女の子なのに、駄目なところがある。このバランス感覚は、『はいからさんが通る』の頃からずっと講談社が継承してきた、女子マンガの"愛されヒロイン"の"型"だと思います。

バリキャリ女性も私生活では抜けている

読者年齢が上がると、ヒロインのドジっ子部分は、恋愛のシーンに現れます。『きみはペット』は、超バリキャリのヒロインが、若い男の子をペットとして同居させるという話です。ヒロインのスミレは、職場ではツンとしていて怖いくらいのイメージですが、日常生活は結構抜けていて、素を見せると可愛いところもある。社会人としては立派でも、プライベートではただの"ドジっ子"。そのギャップが読者には愛されるのです。

『東京タラレバ娘』は、まさに"大人のドジっ子"。ヒロインとその友人は、東京で仕事をしており、職業的には成功していると言っていいと思いますが、恋愛のことになると、てんで駄目になる。ターゲットが大人の女性になると、ドジの部分が仕事ではなく恋愛に集中していく。しかし、だからこそ、愛されヒロインたりえるのだと思います。

きみはペット(1)著:小川 彌生

"お見積もりが低い女性"に踏み出す勇気を

"ドジっ子"ヒロインには「私なんか」という、ちょっと卑屈な気持ちがあったりしますが、これはフィクションだけでなく、現実も一緒です。大学で教えていても、そんなに見積もりを低くしなくてもいいのにと思う女子学生がたくさんいます。
今の女子学生は、何かにチャレンジする際、「成功したい」という気持ちより、「失敗したくない」という気持ちの方が強いようです。彼女たちの就職活動を見ていると、特にそれを感じます。でも、彼女たちだって、全くチャレンジしたくないというわけじゃないんです。ちょっと保険を掛けたいというか、「転ぶかもしれないけど、膝を擦りむく程度だから大丈夫だよ」みたいなことを、家族なり、恋人なりに言ってほしいという気持ちがあるのかなと思います。

今の時代、女としての自信のなさは、化粧を頑張るとか、整形するとか、独力である程度は克服できます。けれども、社会人としての自分がどれぐらい高みに登れるかは、はっきり言って未知数です。だからこそ、職業人としての自分を正しく評価してもらえたら嬉しいわけです。これは単に「上司に評価されたい」のではなく、様々な人と関わる中で、自分のいい所を知り、将来のキャリア形成に繋げたいということだと思います。特に成人女性向けのマンガでは、そうした局面がよく見られます。

ヒロインのキャリア形成が分かりやすい形で描かれているのが『のだめカンタービレ』です。音大に通うヒロイン・のだめは、自分は幼稚園の教員でよいと思っているのですが、彼女の天才性を評価し、フックアップしてくれる男子が現れて、世界的ピアニストを目指すようになります。

のだめカンタービレ(1)著:二ノ宮 知子

「可愛い君に恋しました」みたいなことよりも、ヒロインのやりたいことを正しく評価し、強く背中を押してくれる人の存在が求められているのかなと思います。

男性マンガの考察コラムはこちらから
>こんなに面白い男性マンガの歴史(前編)
>こんなに面白い男性マンガの歴史(後編)

話を聞いた人
トミヤマユキコ (ライター/早稲田大学文化構想学部助教)
1979年秋田県生まれ。早稲田大学法学部、大学院文学研究科博士後期課程を経て、文化構想学部助教に。ライターとして「ESSE」や「エル・グルメ」などで執筆。大学では、少女小説、少女マンガについての研究を行う。著書に『パンケーキ・ノート』(リトルモア)、『大学1年生の歩き方』(左右社)』がある。

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