2019.09.30

<第4回>ターゲット・マーケティングの行く末(後編)|新時代のマーケティング戦略論

ターゲット・マーケティングの行く末―多様化するインサイトとの向き合い方

後編:インサイトをより深く、的確につかむためのターゲット戦略とは

最新のマーケティングをさまざまな視点で語る連載コラム。今回のテーマは「ターゲット・マーケティング」です。
前編ではこれまでのターゲット・マーケティングの変遷を振り返るとともに、ターゲティングがより継続的で動きのある、柔軟なものになっていくべきであること、とりわけ消費者の驚きや感動を、自らつかみ取れる場を作ることの必要性を解説しました。
後編では、最新のマーケティング事例をもとに、ターゲティングと消費者との連携が導く成功の秘訣を考えます。

キリンビール×note「#あの夏に乾杯」キャンペーン

note公式募集ページより

クリエイターと読者をつなぐサービスとしてリリースされた「note 」は、小説や漫画、コラムなど様々なコンテンツを投稿するプラットフォームです。プラットフォーム内ではハッシュタグを用いたお題企画のようなものが公式・非公式問わずゆるやかに運営されており、サポートという形でクリエイターに"おひねり"を投じることもできます。

最初にご紹介するのがこのプラットフォームを利用したキリンビールのキャンペーンです。
「#あの夏に乾杯」というハッシュタグをつけた創作物を募集するというもので、優秀作品には賞金とプレゼントがある、一見従来の公募コンテストと変わらない企画と捉えられるかもしれません。
しかし、本キャンペーンには優れている点が2点あります。
まず、幅広い年齢層が使う公開型プラットフォームを利用した点です。応募作品はタイムライン上で他ユーザーの目に留まるため、すぐれた作品はSNSで口コミされ、さらなる応募を促します。
そして、「#あの夏に乾杯」というハッシュタグがこのキャンペーンを成功に導いた立役者です。本ハッシュタグは、祭り、恋、海などの関連したテーマを導きやすく、さまざまな捉え方ができます。

本キャンペーンに投稿された作品群は、ユーザーたちの多彩な解釈と創作意欲によって、ビールの持つ意味やそれにまつわる体験を「感動」や「郷愁」といったさまざまな心象風景とともに提示してくれました。
従来のビールのCMやキャンペーンのメインターゲットは、20~40代のビジネスパーソン(男性中心)が多く、その訴求方法も「うまい!」のような直接的なものが目立ちます。しかし、今回のキャンペーンでユーザーが投稿した物語には、夏の一杯に込められた想いがさまざまな観点から描かれていたのが印象的です。

例えば、夏を過ごす家族を美しく描きながら、過去の夏のほろ苦い経験を重ねる女性の心情を描いた「8分間のサマートレイン(サトウカエデ) 」
この作品で登場するクラフトビールは、初恋のときめきは感じないけれど、あたたかな家庭のある今を肯定するおいしい"苦味"です。従来のビールとは程遠い人物や背景が描かれているにも関わらず、作品からは誰もが共感するビールの味わい深さが伝わります。
重要なのは、その感動をキリンビールが与えたのではなく、ユーザーの思い出や体験が導き出したということです。

本キャンペーンの応募総数は3,000点以上に上り、それぞれが持つコミュニティにSNSを通じて拡散されました。
今までビールをリピートする生活ではないけれど、思い出の一杯を一度は経験している層に、この施策が届いたことは間違いありません。ほとんどのコンテンツをユーザーに一任しながら、ターゲットは的確である点が、大変優れた企画だと考えられます。

Oisix×クレヨンしんちゃん広告シリーズ

出典: オイシックス・ラ・大地提供

「Oisix」は食材の月額制配達サービスです。忙しい主婦やビジネスパーソンをターゲットに、メニューと食材の一括セット販売を行うことで、効率的かつ買い物の時間を短縮できるライフスタイルを提案しています。
そのOisixが、2019年5月からアニメ「クレヨンしんちゃん」の作品とコラボレーションした大判ポスターシリーズを、「クレヨンしんちゃん」の舞台である春日部駅を中心に数駅で掲示 。その内容がSNSを通じて大きな反響を呼びました。

内容は、アニメ作品の主人公であるクレヨンしんちゃんではなく、その母みさえや、父ヒロシに焦点をあてたもの。
最も反響を集めた夏休みのポスターは、しんちゃんが「かあちゃんの夏休みはいつなんだろう。」と素朴な疑問を持つ内容です。
家族が休んでいる期間も家事を続け、子どもたちの世話をする母。普段はなかなか評価される機会のないその苦労に対し、広告を通じて「かあちゃん、楽しい夏休みをありがとう。」というシンプルなメッセージを発信したOisixは、一躍SNS上で話題を集めたのです。

Oisixを利用する要因は、主婦の時間が足りず家事を効率化したいからですが、その奥にある、「忙しいことを知ってほしい」「少しでいいから、ねぎらってほしい」という潜在的な願いを見出した点で、本広告は優れています。
そして、しんちゃんというやんちゃで憎めないキャラクターが、母の頑張りや苦労を代弁することで、今まで周囲に努力を評価してほしいと言えなかったターゲット層が心置きなく「私も頑張っている」と発信するきっかけを与えました。
さらに、メインターゲット以外の層からも「改めて妻や母に感謝したい」といったコメントが寄せられ、その波紋は大きなものとなりました。これはまさに「動き」と「柔軟性」のあるターゲティングです。

幼い子どものいる世帯の親が反応しやすい「クレヨンしんちゃん」を題材としたこと、家族を持続するための愛や努力を間接的に代弁したこと。そして、それを掲示する駅を子持ち世帯の多い郊外中心としたところまで、全てが美しくピースのはまった事例です。
何より、メインターゲットとなる主婦層が持つSNSの強いコミュニティを信頼するとともに、彼女らが持つ真意や欲求に寄り添う言葉を突き詰めたところが本キャンペーンの覚悟であり、成功の理由と言えるでしょう。

ワコールシンクロブラ×吉田沙保里

出典:株式会社ワコール提供

2019年、下着ブランドであるワコールが、新作「シンクロブラ」のモデルに現役引退後の吉田沙保里さんを起用したことが話題になりました。
しかし、SNSにおける話題の広がりを作ったのは本来この下着のターゲット層ではない男性陣でした。屈強な吉田選手の過去の姿と比較してからかう投稿や、女性としての美しさや価値観を押し付けるような内容が拡散されたのです。

一方、その流れに対して「女性が心地よい下着を着ることに男性が女性らしさを求めるなんておかしい」、「自分の生き方を貫く吉田さんは素敵な女性である」といったコメントが多数寄せられ、女性たちが改めて自分の生き方や姿勢を発信する土台になるような形で本商品は議論の的となっていきました。
吉田さんの引退後のキャリアを重ねた「ズレない私で、いこう。」というキャッチコピーと、動きやすくズレにくいノンワイヤーブラという機能性は、自分らしく働き、自らのキャリアを重ねていこうとする女性に勇気を与えるアイコンとなったのでしょう。

本広告のモデル起用の意図に男性陣の野次が含まれていたとは明言できませんが、結果としてその野次が近年話題になりやすい男女平等に対する議論を巻き起こし、女性の生き方を可視化する形で商品への注目度を高めたのは事実です。
女性たちのなかに渦巻く強さへの渇望や、男性の視点に捕らわれることのない美しさや生き方へのこだわりを引き出す形で商品訴求を成功させた点で、消費者自身の本質を可視化させた良い例と言えるでしょう。

ワークマン「過酷ファッションショー」開催

作業着を主に販売するワークマンは、2019年9月、「過酷ファッションショー」と称して新宿ルミネゼロで同社初のファッションショーを開催しました。
作業着ブランドがファッションショーを開催するケースは極めて稀であるだけでなく、同ファッションショーはランウェイ中に大雨や強風を再現するなど、話題性の高いエンターテインメントとして話題を集めました。

ワークマンがファッションショー開催に至るまでには、SNSやブログで潜在的ニーズを発見する経緯がありました。
ワークマンの作業着は過酷な現場でも問題なく働ける耐久性や防水性が魅力です。その優れた機能性に注目したキャンパーやライダーの利用例が多くあることに気付き、2018年よりアウトドア専門のライン「ワークマンプラス」を設立。以降、女性を含めた新規顧客層から人気が上昇し続けています。

もともとニッチなターゲットに向けて開発してきた商品の機能性を生かし、新たなニーズに対応する新規ラインを発信する。この流れ自体は、ターゲット・マーケティングの基本の道筋でもあり、新規性のあるものではありません。特筆したいのは、ワークマンが顧客層の意見を取り入れ商品化するコミュニケーション力とスピード感です。
女性向けのラインナップはほぼ皆無だった数年前から一転、現在は女性キャンパーなどを想定した商品を作っています。その背景ではブロガーやインフルエンサーのアドバイスを受け、化粧崩れや脱ぎやすさへの対応を素早く行っていました。

コラム前編で「ターゲティングは如実に伝わると顧客の自己実現欲求を満たすことが難しい」と述べましたが、ワークマンの成功はその課題へのひとつの解決手段を示しています。
すなわち、顧客を商品開発のプロセスに内包し、より素晴らしい商品を作るためのチームの一員にしてしまうのです。コミュニケーションを図りながら、意見を取り入れて完成していく商品やサービスがあれば、消費者は生産者のポジションも得ることになります。
生産に直接関わることで生まれる満足感は、いわば自己実現欲求の満足にも近いかもしれません。

消費者の奥底にあるインサイトの引き出し方

このように、流動的な顧客のアクションも含めて確立するマーケティング手法は、今後ターゲティングに取り組む際に意識したいポイントです。

  • 緩やかなテーマに基づき、消費者自身の発信にゆだねたコンテンツを作る。そのなかからインサイトを発見し、コミュニティの共感による波及を狙う。
  • 広告を通じて消費者のインサイトを代弁し、SNSで消費者自身がそのメッセージを通じて自己発信できる仕組みを作る。
  • 消費者が議論という自己発信ができるテーマを商品と併せて投げかけ、消費者同士が意見を交わしあう流れの中で商品価値を高める。
  • 潜在的ニーズを発見した消費者の声を商品開発に反映し、消費者自身が生産に関われる土壌を作ることで自己実現欲求を満たす。

今回挙げた例はこのような仕組みを生かしたマーケティングを成功させていますが、いずれも共通しているのは、消費者の行動を伴う戦略を極めて綿密に構築していながら、一方で消費者自身の考えや心理の動きは束縛していないということです。
自分たちの関われるものや、自分たちが意見を言えるものに親近感が生まれることは言うまでもありません。その本能を揺さぶるようなターゲット・マーケティングを、消費者の視点で日々模索していく努力がマーケターに求められる。令和はそのような時代になっています。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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