2019.08.28

<第3回>ブランディングが苦手な日本人へ(前編)|新時代のマーケティング戦略論

ブランディングが苦手な日本人へ―ノーブランドがブランドになる日

前編:ブランディングの基本を知りながら実践できない理由

今回のテーマは「ブランディング」です。ブランディングとマーケティングは時に重なりながらも、全く違う目的を目指して行われるものです。ブランディングに関する成功事例がなかなか現れない日本は、その行為の本質を見誤ることが多いのかもしれません。前編では、ブランディングはそもそも何を目指すべきものなのか、そしてどう取り組んでいけば良いのかを考察します。

ブランディングとは? その意味とマーケティングとの関連性

「企業の行く末の鍵を握るのはブランド戦略である。ブランディングにおいて日本企業は欧米企業に負けることがしばしばある」
こういったブランディングに関わる言説は、マーケターの多くが耳にすることでしょう。そしてマーケティングの現場では、日ごろからブランドを再確認する場面も多いはずです。

しかし、ブランディングに対して最適なアクションを起こせている企業は少なく、それゆえに商品やサービスの認知が広がらないケースや、リピーター・ファン創出で行き詰まるケースなどを見受けます。
ブランド戦略はなぜ多くの企業にとって難解な課題になりがちなのでしょうか? そして、優れた事例の多くが海外企業のものであるのはなぜでしょうか?
その疑問に答えるためには、ブランディングとは何か、その意味を再確認するところから始めなければなりません。

ブランドの語源は焼き印(Burned)と言われており、古くはそれぞれの家が飼う家畜を区別するための印を指して使われました。企業におけるブランドも本質的な目的は同じで、他社と自社を区別することがブランディングであると定義できるでしょう。
したがって、ブランドは2つの特性を持ちます。ひとつは客観的な目で見た際に区別できなければ意味がないこと。もうひとつは、他家と比較して差を認識できなければならないことです。
この特性が消費を促すための手法となったのは、消費者がブランドによる購買意欲を持つことが証明されたからです。そのブランドを求める消費者がいるからこそ、ブランドの価値は生まれます。

しかし、後発的にブランディングに取り組もうとする企業は、しばしば逆の考え方をしがちです。消費を活性化させるために行われるブランディングは軽薄な結果を生み、消費者にはブランドとして認識されないことがあります。
マーケティングとブランディングの意味をはき違えてしまうと、たいていの場合ブランディングは失敗します。ブランディングに成功すれば商品が売れることは正しいのですが、売れることは結果であって目的ではありません。
自社や自社商品・サービスが消費者(顧客)の目から見て"違って"見えること。これがブランディングの変わらぬ目的です。                                

日本企業にブランディングの成功事例が少ない理由

では、日本企業はなぜブランディングに苦戦するのでしょうか?これには、いくつかの日本企業の傾向が作用しています。
第一に、「Made in Japan」に象徴される日本の品質に対するこだわりについて挙げます。日本企業が生産するプロダクトの多くは、技術力と品質担保を強みとしてきました。自動車・電機メーカーの興隆もそのなかの一例です。

機能性と品質で競合他社と差別化を図る戦略は、時に消費者のニーズとは合致しません。例えば、何らかのポータブル・デバイスを発売するとき、小型であれば消費者が使いやすいことは間違いありません。しかし、「他者製品より2ミリの小型化に成功! 世界初の技術」と謳ったところで、その2ミリを求める消費者がどれほどいるかはわかりません。

日本製品が持つ品質の信頼性は、世界に通用するブランドです。しかし、同業他社の商品やサービスとの差別化には限界があり、消費者の心を揺り動かす動機としては訴求力が足りません。
その結果、海外企業との競争に敗北する日本企業の商品はよく目に留まるようになってきました。戦略の違和は浮き彫りになっているはずですが、品質競争の歴史が長い日本は、ブランド競争の土俵にはなかなかシフトチェンジできないのでしょう。

第二に、日本の教育や慣習の特性がブランディングと相性が悪い点について挙げます。個別化を追求するブランディングは、日本の教育が目指す均一化の対極にある考え方です。

日本の教育は米国の教育と比較して集団性を重んじ、周囲との和を善とする特徴があります。特に、個々の主体性や独自性を伸ばすことへの優先度は低く、チームや組織で成果を出すことの訓練がカリキュラム化されてきました。
近年の研究結果によると、こうした教育を受けた個々の日本人が協調性や集団性において優れているかというと、実はそうとも言い切れないことが明らかになってきました。したがって、日本で教育を受けるとブランディングが苦手になるという結論は早急です。
しかし、教育指針は依然として日本人らしさを印象づけるひとつの大きな要因です。海外から見た日本の特徴として集団性を挙げる言説も普及しています。

こうした背景があるなかで、日本人は、和を乱すことなく集団の一部として成果に貢献することに執着しがちです。また、個々の失敗は集団の失敗として扱われることから、失敗への恐怖感も強い傾向があります。これこそが、ブランディングとは相反する性質の感覚なのです。

ブランディングの目的は他者との差別化であり、より魅力的であることを伝えられれば、その差が価値になります。時にその差を生み出すためには、挑戦と失敗を恐れることなく開示する必要もあるのです。
しかし、日本人は他者より自分が秀でていることをアピールすることにも、失敗を開示することにも慣れていません。ビジネスパーソンであれば自らが意見する必要のあるシーンは無数にあるのですが、集団性に対する過度な意識がそれを阻害する感覚を抱いたことは、多くの人があるのではないでしょうか?
そうした人の集合が日本の組織であり、企業である。そう考えてみれば、日本企業がブランディングで大きな成果を出せていないのも自然な結果なのかもしれません。

ブランディングとストーリーの親和性

企業がブランディングを成功させるために、まず始めたいのはストーリーの可視化です。ストーリーには商品の機能性や魅力だけでなく、その商品が誕生するまでの過程や失敗談などを含みます。

人間に例えましょう。商品の広告文句となる性能は、いわば人間のスキルです。そのスキルを獲得するためにどのような努力をして、どんな人生を歩んできたか語るのがストーリーです。
たとえ同じスキルを持っている人でも、そこにいたるまでの道のりは千差万別です。ある商品があらゆる研究や実験を経て、素晴らしい機能にたどりついたのだとすれば、そのストーリーが企業や商品の独自性となり、価値を見出す差別化のポイントとなるのです。

ストーリーを紡ぐときは、それが美談として編集されていないかどうか気にしましょう。ブランディングをマーケティングの観点から見てしまうと、商品やサービスのポジティブな部分ばかりを語りたくなるものです。しかし、差別化という点で、これは必ずしも正解ではありません。
事業への挑戦が始まり、その途中で失敗や挫折を経験、そして最後には成功を手に入れた。こうしたプロセスがあったのならば、最後の部分だけを語るより全てを語ったほうが、より価値を高めることができます。
失敗してもあきらめなかった姿勢に対して評価する人もいるでしょうし、それだけの長い道のりを歩んだことに信頼を寄せる人もいるかもしれません。つまり、ネガティブな一面もブランディングにおいては武器になるということです。

ブランディングは手法で行うことではない

いまやブランドが広く認知されて市場で大きな影響力を持つ企業であっても、誰にも知られていなかった時代があります。なかには競合不在の革新的な商品を提供することで一躍有名になった企業もありますが、時が経てば必ず現れる競合他社との差別化からは逃れられません。

彼らがブランドを確立するとき、どんなことが起こっているのでしょうか? 想像してみればわかる通り、それは点として語れるものではありません。
商品そのものの魅力を磨きながら、並行してストーリーを可視化し、他社と比較したときの強みは何であるかを消費者に問い続けた。そのプロセスは長く続く線であり、ブランドはその重なりのなかで、徐々に形を具体にしていったのでしょう。
残念ながらブランドの価値をデータとして測定する技術はいまだありません。数字として結果が見えないものに取り組む以上、KPIやKGIを設定して戦略を立てるのは難しいのです。

短期的な施策は通用せず、データをもとにしたPDCAを回すことも困難なブランディングという課題に、頭を抱える企業が多いのも、無理はありません。
昨今はブランディングのプロデュースを事業として展開する企業や、ブランディングのノウハウやフレームワークを情報商材として扱う企業も少なくありません。そのようなニーズが生まれるほどに、企業のブランディング対応は悩みが多いものなのでしょう。

一方、ブランディングに成功している企業の事例を見てみると、そんな大きな問題かと言わんばかりに自らのストーリーを悠々と語り、アイデアの独自性を裏付ける魅力的なメッセージを発信しています。
こうしたブランディングがアウトソーシングやセミナーから生まれるかと言えば、疑問が残るものです。ノーブランドがブランドになるためには、ブランディングがタスクではなく自然な行為となるほどに落とし込む必要があるのかもしれません。

後編では、ブランディングの成功事例を様々な業界からピックアップしてご紹介します。彼らが何を用い、なぜブランディグを成功させているのかを探りましょう。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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