2019.08.15

香り市場が『モテたい』から『嫌われたくない』に変化した理由~女性の社会進出と「スメハラ」の舞台裏(前編)

こんにちは。マーケティングライターで世代・トレンド評論家の、牛窪(うしくぼ)恵です。今年は梅雨が長引きましたが、ふと気が付けば8月。すっかり夏本番といった様相ですね。
暑い季節になると、男女ともに気になるのが、汗や身体から発せられる「ニオイ」。
「中性化するニッポン」第二回は、この「ニオイ」をテーマにお送りします。

NHK総合「所さん!大変ですよ」SP撮影のスタジオより

かつては「フレグランス」が主流だったニオイのマーケット

数年前から、職場や満員電車など人が集まる場所で、「ニオイ」が原因で周りに不快な思いをさせることを「スメルハラスメント=スメハラ」と呼ぶようになりました。
詳しくは<後篇>でお伝えしますが、近年は他人の体臭や口臭を不快に感じる顧客や同僚も増え、サービス業などでは、スメハラを「就業規則」に盛り込む企業も登場したほどです。

そんななか、皆さんは自分のニオイが気になるとき、香水やコロンなどの「フレグランス」をシュッと吹き付けて、心地よい香りを漂わせる派ですか? それとも、脇の下などに「デオドラント」剤や制汗剤を塗ったり付けたりして、ニオイを防ぐ(消す)派ですか?

実は2000年代半ばごろまで、日本では「デオドラント」(消臭)より「フレグランス」(芳香)のほうが、市場として大きいとされてきました。
ところが、08年末になると、フレグランスの市場規模が年間約360億円(富士経済研究所調べ)に対し、デオドラント市場(08年)は、汗をおさえる制汗剤だけでも年間374億円(インテージ調べ)となり、明らかに芳香が下回るようになりました。

その後は、デオドラントが一気に伸長。とくにセクシー系や甘すぎる香りが「売れにくい」とされ始め、16年段階の市場規模は、フレグランスが約370億円(富士経済調べ)、制汗デオドラントが約480億円(花王調べ)と、デオドラントが完全に逆転したのです。
なぜ、近年は「芳香より消臭」なのでしょうか?

少し脱線しますが......、皆さんは05年の新語・流行語大賞トップテンに輝いた「ちょいモテオヤジ」という言葉を覚えていらっしゃいますか?
実は、私の初の著書『男が知らない「おひとりさま」マーケット』(日本経済新聞出版社)が同大賞のトップテンに最終ノミネートされた(結果は落選)のも、同じ05年。それだけに、「ちょいモテ」「ちょい不良(ワル)」のブームは、いまだによく覚えています。

この流行語のきっかけは、01年に創刊された男性向けファッション誌『LEON(レオン)』(主婦と生活社)。当時私は、同誌の「顔」とも言われた編集長(当時)・岸田一郎さんに、何度かインタビューをお願いしました。テーマは、既にこのころ名物企画にもなっていた、「モテるオヤジの作り方」といった特集人気について、伺うため。

当時、特集でよく扱われた3つのカテゴリーを覚えています。1つ目は、『課長 島耕作』のように「デキる男」が着ていそうな、バリッとしたメンズファッション(含・小物や雑貨)。2つ目は「ロングノーズ」など、先の尖ったスタイリッシュなイタリア系のシューズ。
そして3つ目が、「ちょいモテ」に貢献しそうな、セクシー系の「フレグランス」でした。

「ちょいモテ」ブームに翳り

このころ、お洒落な男性をターゲットにしたメンズ市場は、全般的に大きな盛り上がりを見せていました。まず03年9月、東京・新宿の伊勢丹本店の一角に「伊勢丹メンズ館」がリモデルオープン。続いて08年2月には、大阪・梅田の阪急百貨店が、やはり敷地内に「阪急メンズ館」(現・阪急メンズ大阪)を開業し、連日話題の的でした。

私はいずれも、開業直後に取材に訪れています。どちらも入口から入ってすぐの目立つ場所に展示されていたのが、欧米ブランドの「フレグランス」。
それだけ、当時『LEON』などの男性誌が提案した「モテるオヤジは、香りで(女性を)誘う」、すなわち「香りでモテる」といった提案に、関心が高まっていたからでしょう。

ところが、阪急メンズ館の開業から約半年後、08年秋に「リーマンショック」が訪れます。前回も触れましたが、一般に男性は、景気が悪くなると恋愛にも消費にも、元気をなくしてしまう。それだけ、気持ちに余裕や自信がなくなるからだと思います。

他方、女性は「窮地に追いつめられるほど、元気になる」とも言われる生き物。これも前回ふれましたが、90年代半ばのバブル崩壊から10年あまりの間、「ガングロ・コギャル」や「プリクラ・写メール・写ルンです」など軒並みブームを創っていったのが、当時の女子中高生です。

世界的に見ても、先進国はほぼすべての国で、「男性より女性のほうが、寿命が長い」とされます(福岡伸一著『できそこないの男たち』(光文社新書)ほか)。遺伝子的に見ても、女性のほうが「しぶとく」生まれついているのかもしれません。
景気の低迷を受けて、先の「ちょいモテ」ブームも少しずつ鳴りをひそめるようになりました。

若者の意識は「モテたい」から「嫌われたくない」へ

代わって話題になり始めたのが、恋愛にどちらかというと消極的な、「草食系(男子)」。
この語は、リーマンショックの翌年(09年)、新語・流行語大賞に最終ノミネートされたキーワードの1つです。広がりを見せたきっかけは、私が講談社から08年に出版した書籍(『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える!』)だったと言われます(ただしトップテンを受賞したのは、コラムニストの深澤真紀さんによる『草食男子』)。

意味は、皆さんもご存じですね。当時、多くのマスコミは草食系男子を報じるうえで、「恋愛にガツガツしない」や「性欲が弱い」「女の子と一緒にラブホテルに行っても、エッチしないで(ゲームだけ一緒にプレイして)帰ってくる」といった部分ばかりに、フォーカスしました。

でも彼らがガツガツしないのは、恋愛だけでなく「男性的」な消費についても同じ。
私は先の本で、クルマやお酒にさほど興味を示さない彼らの様子を深く取材しました。「草食系」と呼んだのは、当時の20代半ば前後。いまで言う30代半ば~後半の男性たちです。

半面、彼らが積極的に興味を示す分野がありました。その代表が、メンズファッションやメンズコスメなど、いわゆる「女性的」な消費分野。

先の本に登場する男子たちは、軒並み「日焼けしたくない」と美白を標榜し、「周りの男女が(自分のニオイを)気にするとイヤだから」と、フレグランスでなく「デオドラント(消臭)」に力を入れていました。
また「洗濯時には、甘い香りの柔軟剤『ダウニー』(P&G)を入れてます」と話す男子も、一人や二人ではありませんでした。それだけ、普段から自分のニオイを気にしていたのです。

そう、まさにリーマンショックの直後ごろ(09年)から、男性の香り市場は、若者を中心に「モテたい」から「嫌われたくない」へと、少しずつ移り変わっていきました。そしてその波が、2012~13年以降、<後篇>でお話する中高年男性へと、波及していったのです。

ニオイの悩みは、中年男性から女性に波及?

同じころ、女性にも目立った変化が起きていました。
12年ごろから、おもにアラフォー女性を対象とした女性誌などで、「オス化女子」というキーワードが話題になり始めたのです。

言葉の認知度を高めた大きなきっかけは、13年4月に放映がスタートした、女優・篠原涼子さん主演のテレビドラマ『ラスト♡シンデレラ』(フジテレビ系)。実は私も、このドラマの製作発表会に登壇し、篠原さん演じるアラフォー年齢の美容師が、なぜ「オス化女子」「オヤジ女子」と呼ばれるのかについて、解説しました。

ドラマでは、篠原さんの口元に「ヒゲが生えてくる」や、枕カバーの辺りから「加齢臭が漂う」といったシーンが描かれたのですが......、その理由は(脚本上の設定では)、当時の女性誌や女性サイトが報じた通り、「加齢による、女性ホルモンの減少」や、「バリバリ働きすぎることによる、生活習慣の乱れ」だとされました。

つまり、90年代後半から、少しずつ女性の社会進出が進み、並行して「未婚」女性も増え、それなりに仕事が楽しくなっていく。すると独身女性は、アラフォー年齢前後で、「恋愛する時間がないから」や「もう恋愛の仕方を忘れちゃった」などと口にし始めます。

同時に、恋愛から遠ざかったり、仕事に没頭したり、生活習慣が乱れたりすることで「女性のオス化」が顕著になってくる。2012~13年ごろから、「加齢臭」は中年男性だけの悩みではなくなったのです。

こうした流れが、女性の間でも「芳香から消臭へ」「モテたい」から「嫌われたくない」へ、を加速させるきっかけになったのではないか?と考えられるのですが......一方で2014年以降、男性たちには、もっと厳しい「スメハラ」というテーマが襲い掛かってきます。
その理由と、男性たちの葛藤については、次回詳しくお伝えしますね。どうぞお楽しみに!

筆者プロフィール
牛窪 恵(うしくぼ めぐみ)

世代・トレンド評論家。マーケティングライター。修士(経営管理学/MBA)。大手出版社勤務等を経て、2001年4月、マーケティング会社・インフィニティを設立、同代表取締役。著書やテレビ出演多数。「おひとりさま(マーケット)」(05年)、「草食系(男子)」(09年)は新語・流行語大賞に最終ノミネート。「なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか?」(光文社新書/共著)が2019年8月20日発売予定。

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