2019.07.30

新時代のマーケティング戦略論 <第2回>SDGsとマーケティング(前編)

ビジネスパーソンの中で普及しつつある「SDGs」という言葉。その重要性を理解しながらも、心的距離が遠いという方は多いのではないでしょうか? コラム第二回は、SDGsの意味や背景を確認するとともに、企業がSDGsに取り組むことのメリットや事例についてご紹介します。SDGsをマーケティングの主軸として捉えることをテーマに、自分ごととしてSDGsを考える機会にしていただければと思います。

SDGsでマーケティングが変わる―課題解決力をインパクトにつなげるには

前編:大手企業を中心に広まるSDGs、施策に直結させるためのポイント

SDGsはなぜ生まれたか―定義と歴史

SDGs(持続可能な開発目標)は2015年9月に誕生した概念です。17のゴールと169のターゲットから構成された世界共通のアジェンダであり、対象は発展途上国から先進国まで含まれます。社会的、経済的状況に関わらず、全ての国の人々が尊厳を持って生きられる社会を作ることが、SDGsの目標です。「地球上誰一人として取り残さない」という誓いの言葉には、そのビジョンが反映されています。SDGsが定めた17のゴールは経済的状況、環境(食糧問題、災害問題)、教育、ジェンダーなど多様なテーマを包括します。その担い手は全てのステークホルダーとされており、官民一体となった取り組みを各国で進めることが求められているのです。

SDGsの前身には、MDG's(ミレニアム開発目標)がありました。MDG'sとは、途上国を対象に貧困、教育問題などを解決するための8つのゴールと21のターゲットを設定したものです。2015年を区切りとし、MDG'sで掲げられた目標のいくつかは達成されました。全体を俯瞰すれば、世界は以前より豊かになったと言えるでしょう。

ここで、MDG'sとSDGsの違いを考えます。大きな違いは、対象が途上国だけでなく先進国も含まれることです。MDG'sが発表された2000年から社会課題は年々複雑化しており、貧困問題は途上国のみでなく先進国でも頻繁に指摘されるようになりました。また、経済発展の裏で進む環境破壊や、繁栄のために社会が抑圧してきた人々の多様性は、先進国を中心に深刻な課題になりつつあります。SDGsは、そうした課題を包括的に解決するために作られた指標の集合です。

では、発表から約4年が経った今、国内ではどのような事例が生まれているのでしょうか? 「地球上誰一人として取り残されない」世界を2030年までに構築するために、動き出した企業の事例をいくつか紹介します。

事業そのものにSDGsを重ね、CSRと連動した戦略を構築

大手食品企業である味の素株式会社は、食品提供で解決できる課題をSDGsと重ねて発表し、解決に臨む一連の価値創造の概念として「ASV(Ajinomoto Group Shared Value)」という定義を設けています。環境維持や気候変動への対応に努めた生産ラインを農業生産者や地域と連携して作る取り組みや、栄養価と保存性の高い食品を提供することを、貧困問題、健康問題の解決策のひとつとして積極的に公開しています。

総合日用品メーカーのユニリーバは、生産ラインにおける再生可能エネルギーの調達や、廃棄物量の削減などを進めています。また、SDGsへの取り組みと成果を明確な数字で発表しており、それをブランディングに直結させています。ユニリーバは、商品提供によって延べ12憶4000万人の健康を改善したと伝えています。この数字のインパクトは計り知れません。

こうした取り組みを一見するとSDGsの普及は進んでいるようですが、事例を全面的に押し出している企業は限られた特徴があります。
まず一つ目が、大手企業であることです。特に、国際企業であればあるほど取り組みの規模は大きく、対外的な発信にも積極的です。二つ目が、CSR(Corporate Social Responsibility = 企業の社会的責任)としての発信が多いことです。社会的責任を果たすための事業を指すCSRとSDGsは親和性が高く、自然な成り行きではあるものの、内容にやや偏りがある印象です。

次に、途上国へのサポートを主軸とした事例が目立ちます。MDG'sからCSRとしての取り組みに積極的だった企業が、その延長線上にSDGsを捉えていると読み取ることもできるかもしれません。現状、国内でのSDGsへの取り組みは大企業のCSRが多く、社会全体から見れば限定的であると考えられます。国内企業の9割以上が中小企業であることを考えても、普及の余地はまだ十分にありそうです。

SDGsの認知が中小企業に広がらない理由

では、中小企業でSDGsはどのように受け取られているのでしょうか?

2018年、中小企業のみ500社を対象として行われたSDGs認知度・実態等調査(関東経済産業局)では、84.2%が「SDGsについてまったく知らない(調査を通じて初めて知った)」と答えています。また、調査対象者の半数以上が直接的・間接的いずれも「SDGsに資する貢献活動を行うことは難しい」と答えており、その理由として挙げられたのは、回答率が多い順に「社会的な認知度が高まっていない」、「資金の不足」、「マンパワーの不足」でした。
この結果から読み取れる中小企業の本音は、「資金とマンパワーの不足を補うほどの投資価値をSDGsに感じられない」ということでしょう。もしも社会的な認知度が高く、SDGsに取り組むことが企業の売上に直結すると証明できたならば、彼らのSDGsへの興味は高まるはずです。

冒頭で紹介したSDGsの定義や必要性を振り返れば、投資価値の有無を取り組みの判断基準にすることは、そもそも趣旨から外れています。しかし、明日や一年後の経営に悩む企業が10年後の持続可能な社会について考えることを強要されても、優先順位は低くなって当然でしょう。SDGsは本来最優先で考えるべきテーマであり、様々な企業課題の解決にも資するものです。そこで、たった今行動を起こせていない企業が、SDGsに取り組むきっかけとなるキーワードを掛け合わせてみます。それが「マーケティング」です。

参考:中小企業のSDGs認知度・実態等調査 結果概要(平成3 0 年1 2月,関東経済産業局)

マーケティングの軸としてSDGsを活用する

マーケティングは販売戦略に関わる全ての市場活動を指す広義な言葉ですが、それゆえに主軸を定めることは容易ではありません。企業の利益に資するアジェンダを効率良く処理していくことが良いマーケティングにつながりますが、それだけを重視しても企業価値は高まりません。

例えば、価値あるマーケティングには顧客との対話が欠かせません。企業側としては、商品やサービスを主題に顧客と距離を縮められるのが理想的ですが、商品の性質やビジネスの構造などによってその構図を作りづらいケースは少なくないでしょう。
このような場合、表面的なニーズに依存した商品やサービスを提供するマーケティングに奔走してしまいがちです。そのため、課題解決に根ざした事業であることが顧客の目に見えず、持続的な利益を生み出すことにはつながりません。

そんな企業課題を解決する契機となり得るのが、SDGsです。SDGsは国内外問わず、地球上全ての人々が何らかの形で関わる課題を示したものであり、確実にニーズのあるビジネス領域を抽出しているものです。SDGsに基づく事業やステークホルダーとのコミュニケーションは、それだけで企業価値を高め、社会的な利益を追求する企業の姿勢を表わします。つまり、コミュニケーションのきっかけとしてSDGsの考え方を利用できるのです。SDGsを通じたマーケティングは、不明瞭な企業ブランドを可視化し、顧客との対話の機会を創出します。

それを理解していても、新たな事業やタスクを増やすことは難しいと嘆く方も多いかもしれません。しかし、ここで言及しているのはマーケティング手法としてSDGsが有用であるということです。

先ほどご紹介した中小企業を対象とした調査では、もう一つ興味深いデータがあります。「SDGsに取り組むことが難しい」と回答した企業のうち、約3割の企業は既にSDGsに当てはまる、社会貢献に資する何らかの活動に取り組んでいると答えたのです。今ある取り組みの中で、社会課題に直結するものを可視化し、顧客や投資家に対してメッセージを発信する。この意識がSDGsへの現実的な取り組みの第一歩であり、各企業のマーケティングに大きな変化を与える基軸となります。

SDGsが持つ市場規模と成功事例、傾向

前編の締めくくりとして、SDGsが持つ市場規模についてのデータをご紹介します。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社は、SDGsが企業そのものに与える利益について、定量的な試算を発表しました。ゴールごとに試算された市場規模はそれぞれ40~800兆円程度。最も期待される市場はエネルギー市場(803兆円)です。市場規模順に見ると、産業や町のエコシステム作り、災害や気候変動への対応などがそのあとに続きます。
この市場規模の試算は、興味深いことに海外企業のSDGsと関連する事業の成功事例と重なります。

東アフリカのM-KOPA社は、住宅や小規模な店舗でも実用可能なソーラーパネルと電力提供のサービスを展開し、急速に広がるアフリカでの電力供給のニーズに対応しました。再生可能エネルギーの持続的な提供を実現したモデルは高い評価を受けており、灯油の使用量削減にも貢献しています。


M-KOPAコーポレートサイト

また、自動車関連企業によるSDGsへの取り組みも見逃せません。インドでの雇用創出を実現したローカライゼーションが評価されているフォルクスワーゲンや、自動運転の実用化を通じ、脆弱な立場にある人々の安全な移動手段を創出しようとするSBドライブの取り組みなど、社会貢献性の高いサービスや生産ラインに注目が集まっています。

SDGsは、地球上に生きる我々の社会的責任を可視化したものであり、マクロな視点から描かれた指標です。そこには世界共通の評価軸があり、ビジネスチャンスが内包されています。利益を追求することとSDGsに注目することは、長期的なスパンで見ればほぼ同じ意味を持つと言えます。
SDGsの活用に成功している企業は、課題解決を前提とした事業を展開することで、企業イメージを向上させるとともに、サービスリリースの話題性や顧客との対話機会を増やしています。それらによる人事採用等に与えるインパクトも鑑みれば、SDGsが企業にもたらす利益は大きなものとなるでしょう。

SDGsをマーケティングに生かすために

前編では、SDGsの意義を確認すると共に、国内における現状とSDGsに取り組むことの可能性についてご紹介しました。企業規模の大小を問わず、SDGsを活用するためのポイントは下記の3つです。

1)既存の事業や取り組みのなかでSDGsの指標と重なるものがあるか検討する
2)ステークホルダーとの関係性構築やブランディングにSDGsを利用する
3)長期的なスパンで見たビジネスチャンスやメリットを理解する

後編では、これらのポイントをふまえた国内中小企業や地方による実践例をご紹介します。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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